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短めの一次&二次創作を思いついた時に更新します。本館はプロフィール参照です。
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第一章二話目!
続きからどうぞー


 
弟と兄・2
 
メイン・ストリートにある高級ホテルの最上階。
そこにある高級レストランが、僕と彼女の待ち合わせ場所だ。
彼女が身にまとうのは美しく上品な漆黒のドレス。
思わず目が眩んでしまいそうな妖艶さだ。
僕たちは一時間ほどの間他愛もない世間話を交わしたり、ワインを口にしたりする―――時計の針が12に重なるその瞬間までは。
君に話があるんだ、そう切り出して。
振り子時計が騒ぎ始めたその瞬間に、僕はそっとそれを取り出す。
真っ白なケースに入った、……指輪。
目を見開いた愛しく美しく完璧な彼女に、多くを語る必要もないだろう。
ただ一言、告げる。
―――僕と、結婚してください。
 
彼女は予想外の出来事だったらしくしばらく黙りこんでいたが、やがて頬を染め今にも泣き出しそうな顔で、笑いながら、答える。
―――はい!
 
そう、彼女は僕のものなのだ。
正確に言うなら今、この場で―――彼女は僕のものになったのだ。
僕だけの彼女に―――兄さんなど到達できない、僕と彼女だけの世界だ。
彼女の髪も、声も、眼差しも、吐息も、白い肌も、唇も、―――も、―――も、―――も―――も―――も……全ては僕だけにふさわしいものなのだ。
ああ、そうだよ、兄さん。
僕は―――兄さんに勝ったんだ。いや、そうじゃない。
そうじゃなかった。
僕はずっとずっと最初から―――兄さんに勝っていたんだよ!
 
【彼女に愛されているのは、そう―――僕だったんだ!】
 
―――好きだよ、留衣。
僕は彼女にそう囁いて―――
 
 
じりじりと鳴り続ける目覚まし時計が、眠りと同時に夢からも覚ましてくれた。
「……」
……何だろう、この最悪な気分は。
夢オチ、なんて兄さんの好きなくだらない漫画の1シーンでもあるまいし。
しかもよりにもよって何という中途半端なところで起きてしまったのか。どうせならもう少し―――
……何を考えているんだ、僕は。……違う、別に期待したわけじゃない。別に夢なんてどうでもいい。淫夢に興奮するのは兄さんだけで十分だ。
それに、今はまだ夢でしかないが、どうせ将来的にはいつか実現させることだ。未来のビジョンだと思うことにしよう。……決して、僕が留衣さんに性的な視線を向けているからなどではない。
何とも言えない虚脱感が残ったままベッドから起き上がり、着替える。
階段の下から、頭の悪そうな人間の声が聞こえてくる。……兄さんか。誰もいないのに何故あんなに大きな声で一人ごとを言えるんだ?全く理解できない。
どうせ、僕が降りていけばあのテンションで声をかけられるのだろう。
それが分かっているから、頭の中でうんざりしないように対策を練る。
バカと鋏は使いようと言うが、それはあまりにも鋏に失礼だ。
鋏は確かに使いようによってはいかようにも使いこなせるが―――馬鹿にはそもそも使う価値すらないのだから。
「お、おはよう、トモ。今日は―――」
そしてやはり、兄さんがいることを確認する。
そして、睨む。これ以上、兄さんがこちらに構わないようにするため―――兄さんと、これ以上目を合わせないようにするための。
無言で『機嫌が悪いから声をかけるな』と訴える。言葉にしてもよかったが、まず兄さんと会話を交わす気力などなかった。
……途端、頭痛がし始めた。背中に寒気のようなものが走り、わずかに眩暈を覚える。兄さんを見てしまったからだとでも言わんばかりのタイミング。……やっぱり兄さんは、僕にとって害悪しかない。
すると、兄さんは珍しく空気を呼んだらしく何も言わなくなった。
……それでも、鬱陶しいことには変わりないが。
第一兄さんは存在だけで億劫だ。近くにいるだけで疲れてくる。
このまま喋らずにいてくれたらいいのだが―――
「……あのさ、トモ」
……やっぱり、兄さんにそれは無理だよな。
せっかく黙ったと思ったのに。まだ話しかけるのか。
呆れを通り越して腹立たしい。
申し訳なさそうな顔をするくらいなら、もう僕の前からいなくなって欲しい。
必死で僕とコミュニケーションを図ろうとしているらしいが、迷惑だし痛々しい。僕がそれをいかに迷惑がっているかにも気付かないから、兄さんは人間の底辺なんだ。
僕は兄さんに話しかけて欲しいだなんて、一言も口にしたことはないだろう?もう、放っておいてくれ。
「……か、母さんたち、いつ帰ってくるんだろうな」
「さあ」
そして案の定、内容自体も下らない。空っぽな、言葉。
僕が知るわけがないだろう、そんなこと。常識的に考えれば分かることだ。
僕は母さんでも父さんでもないのだから。そんなことを考える頭もないのか?
「いや、ほら、何つうか、さ。さすがに連絡もあんまりくれないと息子として心配じゃないか?父さんと母さんのことだからうまくやってるとは思うけど。こういうのを子の心親知らずって言うのかな?そんなこと母さんたちに言ったら逆だってっ突っ込まれそうだけど。俺としてはそういう気分かなー……なんて」
そんなの、嘘だ。
僕は知っている。兄さんが、本当は『あの二人』を苦手としていることなんて。兄さんには、母さんと父さんの素晴らしさなんて理解できないから―――だから本当は、母さんと話すことを避けているんだって。
僕にはその感覚はさっぱり分からない。もっとも兄さんみたいな人間の価値観など分かりたくもないが。
「……兄さんが心配することじゃない」
兄さんみたいな落ちこぼれが―――父さんや母さんのような優れた人間の心配なんておこがましい。
天才の気持ちは天才にしか分からない。優秀なエリートである父さんと母さんの気持ちが、落ちこぼれな兄さんになんか分かるはずがない。
第一、 兄さんは―――『僕と違って、あの二人に愛されてだっていないじゃないか』。
父さんや母さんに文句があるのなら、僕くらい優秀になってからにすべきだというのに、それも分からない兄さんじゃ母さんから愛想をつかされても―――仕方ないんだ。
……ああ、そうさ、その通り、だ。
「ま、まあそうだよな!父さんと母さんも何だかんだでうまくやってるよな!あの二人って仕事人としてはかなり優秀だしさ!だから―――」
「……行ってくる」
カラ元気な兄さんの声を聞いていると苛立つので、言葉を遮って席を立つ。
「え、も、もう行くのか?体調は平気か?気をつけろよ。保健室では知らない男子生徒が他の男と色々してても気にしちゃだめだからな!?てか待て、サクのあれはあまりに教育に悪すぎるんじゃないだろうか……もし女子生徒が見たら!……腐女子が一人誕生するだけの気がするな……いやいや、でもさすがにトモはまずいよな、うん、だからとにかく出来る限り保健室には近づかない方向でな!?」
「……」
何やら言っていたが、僕は聞く気もない。
再び頭が痛む。胃がきりきりしてきて―――どこか視界もぼやけて見える気がしてくる。僕の身体全てが―――兄さんを拒絶しているみたいだった。
体調は平気か?そんなことを聞いて……何の意味があるのか。
兄さんが僕の体調を良くしてくれるのか?冗談じゃない。
むしろ、逆だ。兄さんが喋るたびに、僕の具合は悪くなっていく。
兄さんが大人しくしていてくれることが、僕の何よりの平和なのに。
 
「いってらっしゃい、トモ」
最後にそんな楽しげな言葉が聞こえた気がしたが、答えなかった。
兄さんに答えるだけで、余計に体調が悪くなりそうだった。
腹の底にたまったどす黒い感情を必死で抑え込み―――溜息を吐く。
 
ああ、頼むよ兄さん。
どうか―――僕の邪魔をしないでくれ。
これから先もずっと、永遠に。
 
 
放課後。
教室の自らの席で、僕は明日の数学の予習をしていた。
既に帰宅してしまった生徒もところどころ見受けられるが、今日の授業が短縮だったこともあり、ほとんどの馬鹿はクラスに残っている。
連中は、テレビやら漫画やらについてげらげらと笑いながら話している。何が楽しいのだ。テレビ番組など、何の利益があるのだ。ましてや音楽番組やバラエティ番組、あんなものは人間を馬鹿にする低俗な娯楽だ。アニメやゲームも同じ。兄さんを見れば一目でそのくだらなさが分かるだろう。全く、反吐が出る。
僕はそんなものに惑わされず、問題を解こう、と思っていると。
「あ、あのさ、……水口君」
そこに、声を掛けられた。
僕に声を掛ける相手などあの女くらいしか知らなかったから一瞬顔をしかめるが、振り返った先にいたのは予想したのとは違う人物だった。……まあ、もちろん声で分かってはいたのだが。
クラスでも至って地味で内気な、真面目なくらいしか際立った取り柄のない女生徒―――佐藤和香だった。派手な服装や馬鹿騒ぎをしていないだけ他の連中よりマシだが、それでも僕の求める水準にはほど遠い。
「……何」
何の用事だか知らないが、早く済ませてほしい。僕は暇じゃあないのだ。
お前みたいな平凡な人間に邪魔をされたくなんてない。
「え、えっと……み、水口君だけ……新入生歓迎会の出欠、書いてないみたい、だけど……ど、どうするのかな、って思って―――」
……そういえばそのようなものがあったな。全く覚えていなかったが。
何故歓迎会などと言う派手な行事をこんなおどおどした奴が仕切っているんだろう、と思わなくもなかったが、おそらくその性分故要領のいい馬鹿共に押し付けられたのだろう。その点に関しては同情しなくもない、が。
……興味があるかどうかとは別問題だ。
「……どうする?」
そんなこと、僕を見て聞くのか。
僕が―――あんな馬鹿な連中とつるむとでも?
「行くわけないだろう」
歓迎会、と言えば聞こえはいいが、端的に言えばただ皆揃って同じものを飲み食いして騒ぐだけ。いかにも兄さんが好みそうな低俗なイベントだ。下らない。
そんなハイエナでさえできるような単純で野蛮なことで、人間は友情とやらを深めるなんて―――あまりの人間の愚かさに絶望しそうだ。
どうして僕は人間に生まれてきたのだろう、僕が神として生まれてくれば愚かな人間を僕の望み通りに変えることができたのに。
もちろん、僕はそんな非現実的なものがこの世界に存在するなんて思ってはいないけれど、でも、そう感じずにはいられないのもまた、確かだ。
「で、でも他の子はみんな行くみたいだけど―――」
「いいよ佐藤、放っておけよ。行かないっていってんだからいいじゃん。どうせこいつ友達いないんだから来たところで歓迎会なんて楽しめないって」
笑い声混じりの男の声が、今にも泣き出しそうな佐藤の声と混ざった。
……この声は……僕のもっとも嫌悪するタイプ、クラスの不良集団のリーダー格・新藤か。
新藤のその言葉と共に奴の周囲を取り巻く男子がどっと沸いた。何が面白いんだ?僕が何か楽しいことを言ったか?あんなくだらないことで笑えるなんて、本当にレベルが低いな、相手にする価値もない。
「で、でも……」
「佐藤は優しいなあ。でも、事実だしさ。成績優秀な在朝君はレベルの低い俺たちと楽しくお話しするよりお勉強の方が好きなんだよ。分かってやれよ」
そして再び沸き起こる笑い。……ああ、なんだ、そういうことか。
ああ、お前にしてはよく分かっているじゃないか。自覚しているなら少しでもましな人間になるように努力の一つもしてみたらどうだ?
『その通りだが』、それが何だ?何が面白いんだ?
お前たちと会話することで僕に何の利益があるのか、300字以上500文字以内で僕に説明してくれないか?
「……」
佐藤は無言でおずおずと僕の席のそばから離れる。とくに興味もなかった。
向こうが僕を何と思おうと、どうでもいい。
僕に必要なことは、よい成績を出し僕にふさわしい職に就き、父さんと母さんに親孝行をして、そして本当に僕にふさわしい女性と結ばれ『幸せになる』こと、それだけだ。
それ以外の人間など、必要ない。かかわりなど持たずともいい。
「在朝君は皆を見下して喜んでるだもんなあ?」
新藤の声。下卑た声に吐き気がする。
失礼なことを言うな、心外だ。
僕だって、全ての人間をバカにしているわけじゃない。というより、本当は見下したくなんかないのだ。
僕はこれでも温厚なのだ。本当は全ての人間を尊敬できることならしたい。しかし、それに値する人間が多すぎるのではないか。僕が悪いのではない。僕より優秀な存在がほとんどいないことがいけないのだ。
そして今のところ、僕の尊敬に値する人物は留衣先輩と―――両親の3人しかいない。
これは僕のせいか?……否、違う。お前たちのような人間が、認められるための努力を怠ったからだ。全て悪いのは、才能がないからと開き直るお前たちだ。
あんな奴らに気を取られる必要はない。
僕はあいつらのような馬鹿とは違うのだから、数学に集中しよう。
ああそうだ、集中しなければ。
 
再び教科書に視線を移した僕の前に―――再び誰かが姿を現したのは、そう時間もたたぬうちだった。
というより、即効だった、と言ってもいい。わざとじゃないかと思えるくらいすぐだった。
……どうやら、ここの連中は僕に勉強をさせたくないらしい。
まあ、そうだろうな?僕は優秀だからな?妨害をしたいんだろう?さぞかし憎らしいだろう、残念だったな。お前らの頭が悪いのがいけないんだ。
「トモくーん」
そして、それはやはり想像通りの人物で。
分かってはいたのに……うんざりした。
先ほどの佐藤とは違う、女。声を聞くだけで衝動的に殴りたくなる、いらだたしい女。
第一、僕のことをそんなふざけた愛称で呼ぶ女は一人しか知らない。顔を思い出したくもなかった。
「トーモ君、ねえ」
……黙れ。お前の声なんか聞きたくない。
 
顔をあげなくても分かる。
そこには―――どうせ黙っていれば西洋人形のような、しかし僕にとってはただ腹立たしいだけの女が立っているのだから。
 
遠坂妃芽―――僕のクラスメイトにして、自称『姫』の痛すぎる女。
運命の王子様、とやらを求めて複数、などというレベルではない数の男に惚れているとんでもないビッチだ。……下品な言葉だと理解はしているが、こいつにこれほど相応しい言葉もないだろう。
こういう頭の螺子の外れたやつのことを、中二病などと言うのだろうか?さすがにそれはまともな中学二年生に失礼だろう。こいつの頭は中学生どころか幼稚園児並みだ。
いつだって、男のことしか―――恋愛のことしか考えられない、頭が空の女なんだ、こいつは。
 
「無視なんてひどおい。ヒメはトモ君とお友達になりたいのにー」
「そうか。僕はなりたくないから今すぐ離れろ」
えー、とかわいらしい声をあげながらも、陰ながら舌打ちしているのは目に見えている。この性悪女が。
おまけに会話内容も下らない。こいつに限らず、兄さんやクラスメイトも、いつだってこんな無駄な会話しかしようとしないのだ。苛立つ。
「トモ君って本当に可哀想だよね~、お友達もいらないなんて」
黙れ、そんなものいらない。
友達とかいうやつが、お前みたいな頭のおかしい女に媚を売り笑顔で会話を交わさなければできないものであるなら尚更だ。
「ヒメ、在野先輩のことすごく好きだから、トモ君ともそれなりに仲良くしてあげようかなあって思ってるんだよ?だって先輩と結婚することになったらトモ君はヒメの弟になるんだよ?なんちゃってキャー!ヒメ恥ずかしいー!」
……冗談じゃない。
本気で鳥肌が立つ。
兄さんの何がいいのか、そもそも兄さんに魅力などあるのかさえ全く分からないが、兄さんと留衣先輩を引き離してくれるのは大いにかまわない。むしろ歓迎だ。だが、こいつが義理の姉もしくは妹になるなんて今以上の悪夢だ。
第一こいつは気持ち悪い。高校生にもなって自分のことを名前呼びだなんて脳に蛆でも湧いているんじゃないか。普通の神経でできるもんじゃない。
「トモ君、顔は在野先輩と似てるし嫌いじゃないんだけど……性格がだめすぎだよねー。ヒメもさすがにヒメに冷たい人はきらーい」
「そうか。嫌ってくれてありがたい。むしろ好かれた方が辛い」
……兄さんと似ているだとかおぞましいことを言われた気がするが、聞かなかったことにしよう。
「えー、ひどおい。ぷんぷん。ヒメに嫌われて喜ぶなんて信じられない!」
こいつはどれだけナルシストなんだ。
もっともナルシストでなければ、複数の男に媚を売るなんて真似ができるはずもないか。
ナルシストに加えてビッチなど救いようのない駄目女だ。留衣先輩の爪の垢を煎じて飲んでもこいつはきっとまともになりはしないだろう。
 
―――こいつは、どうせ世界で自分が一番の存在だなんて思っているんだろう。
―――そりゃあ、少しは可愛いのかもしれない。でもそれだけだ。お前ごときの奴なんてそこら辺にいる!
―――勘違いしていられるのも今のうちだ。
―――現実を―――思い知れ!
 
心の中で早く帰れと主張し続けていると―――妃芽は突然ぽん、と手を打ち僕に提案してきた。
……口にするのもおぞましいそれを。
「あ、ねえねえ、トモ君。放課後ケーキ買いに行こうよお」
「……は?」
どうして僕が、こんな女とケーキを買いに行かなきゃいけないんだ。
そもそもこの女と共に歩くだなんて、考えただけでぞっとする。僕までこの女と同レベルに見られてしまうではないか。
「お前には星の数ほど男がいるだろ、そいつらと行けよ」
「駄目だよ、ケーキはある王子様の誕生日プレゼントだから。他の王子様と一緒に行っちゃったらその王子様に申し訳ないじゃない。『一人の王子様とかかわるときには他の王子様のことは考えない』、それが私のルールだもん」
……そもそも『王子様』が複数いる時点で申し訳ないという気持ちはないのか、このビッチめ。
やっぱりこいつは頭がおかしい。前々から分かってはいたが。
「なら一人で行け」
「だって今日は男女カップルで行かないとケーキ売ってくれないんだもん。ヒメだってトモ君みたいなさいてーな男の子とカップルに見られるなんて嫌だけど、王子様のために我慢するんだよ?」
どんどん腹が立ってきた。
まだしおらしく、『僕が必要だから』と懇願するのならともかく―――ここまで言われてどうしてこいつに協力しようと思えるだろうか?思えるはずがない!
つまりこいつは僕を利用したいだけ。こいつごときが!この僕を!下らない冗談だ!
「……そこまで言われて誰が行くか」
「留衣さんもケーキ食べたがるだろうなあー、きっとトモ君が気を利かせてケーキを買ってきてあげたら好感度上がると思うな、ヒメー」
……お前と留衣先輩を一緒にするな。
留衣先輩は、お前ほどビッチでも単純でもない。
「……留衣先輩がお前のような低能と同じ食べ物を好んで食べるはずがないだろ、馬鹿にするな」
「……トモ君ってさあ、もしかしてあれ?留衣さんはトイレに行ったりしない!オナラもしない!って本気で思ってるタイプう?気持ち悪う」
気持ち悪いのはこっちだ、お前じゃあるまいしそんな現実逃避なんかしていない。
僕は現実主義者だ。神も悪魔も天使もオカルトも信じていない。
「ふざけるな。科学的に排泄をしないで人間が生きていけるはずがないだろう。もっとも、留衣先輩のそれとお前のそれでは価値が違うがな。お前のような無駄だらけな女と違って、留衣先輩に無駄なものなどないのだから」
腐っても鯛、つまり、どんなものであっても留衣先輩は留衣先輩なのだ。
そもそもの価値がこの女とは違う。よってそれが排泄物であろうと頭髪一本であろうと爪一枚であろうと、この女が及べるものではないのだ。
価値と言うものはオカルトじみたことではない。生まれた瞬間から決まっていることだ。僕が優秀であるように、留衣さんも生まれついての才色兼備であった。それは僕が男で彼女が女であることとなんら変わらない、自然の摂理じゃないか。
留衣先輩には、それだけの『価値』がある。
「……それを現実逃避って言うんだよ……ヒメ、トモ君のこと更に嫌いになりそう、うえ。想像以上に気持ち悪いよそれ」
何が気持ち悪いだ。それが事実なのだから仕方がない。
それともこの女は自分が留衣先輩に及ぶとでも思っていたのか?それは愚かを通り越しておこがましいな。
「うう、トモ君の言う価値なんてどうっでもいいけどさあ、そんなに留衣さんが好きなら買ってあげようよ。留衣さんだって女の子なんだから甘い物とか好きなはずだよ?」
お前と一緒にするな。どうせお前は甘いものを食いすぎて脳まで溶けてしまっているんだろう。
留衣先輩はお前のような馬鹿ではない。
「それにさあ、気いきかせたら留衣さん、トモ君のこと在野先輩よりもっともっと好きになるかもね」
妃芽は、笑う。気持ち悪い笑顔だった。
兄さんの名前に、思わず反応し、頭がずきずきと痛みだした。―――兄さんの存在は完全に僕への暴力に等しい。
留衣さんが僕のことをもっと好きになる―――か。
初めから兄さんに負けているつもりなど微塵もない―――というより、兄さんに負ける要素などありはしないが。
しかし―――兄さんよりも『もっと』好きになってもらえる。それは魅力的だ。
留衣先輩の口から僕の方が兄さんより優れていると告げてもらうためには、多少の気配りは必要だろう。
決して媚を売るという意味ではない。自分がいかに有能であるかを留衣先輩に示すためには、確かに兄さんより早く確実で役に立つ行動をとる必要がある。
……こいつに言われた、というのが酷く腹立たしいが―――そうか、『兄さんに誇ることができるのなら』、それも悪くないかもしれない。
兄さんより、先に。
 
留衣先輩に、『愛される』ことができるなら。
 
「私だって本当は気持ち悪いトモ君と一緒なんて嫌だけどねー、でも仕方ないじゃん。他の王子様と一緒にいるわけにはいかないよ。トモ君は王子様どころかそもそも男だと思ってないからどうでもいいんだけど」
この女がとてつもなく失礼なことを口にしている気がするが、知るか。
勝手に言わせておけばいい。こんな低能馬鹿の言葉に耳を傾けるな。こいつの頭の中には藁しか詰まっていないのだから。
「……仕方ないな」
そう言いながら立ちあがる。僕の声がどこかため息交じりなのには無理もないだろう。うんざりしているのだから。
「行くなら早くしろ、長時間使いたくない」
「……え、行ってくれるの?」
妃芽も僕を見て、あわてて鞄を引っ掴む。その仕草が苛立たしかった。
「言っておくがお前のためじゃない、僕のためだ」
正確に言うなら留衣先輩のためだ。
そう、これは留衣先輩のため。僕の懸命な想いと優秀さ、気配りの上手さを彼女に示し、今彼女が兄と言う呪縛の中にいることを思い出させてやる。
そして、彼女を兄さんの手から救い―――
『僕を、立派で優れた人間だと認めてもらうんだ』。
 
「うわあ、それってツンデレって奴?在野先輩が萌え属性って言ってたけどお、トモ君がすると萌えるどころかむしろ気持ち悪いし不気味だよね」
「兄さんが使うようなくだらないオタク言葉を使って僕を語ろうとするな。お前の方が気持ち悪い」
「トモ君みたいな人が政治家になったら『今の若者はゲームでおかしくなった。だから規制すべきだ』とか言いだすんだよね。嫌だなあ、トモ君絶対に政治家にだけはならないでね。虫唾が走るから」
「お前みたいな奴が母親になったら『自分のことに夢中だった』とか言いだして子どもを熱中症で殺すんだろう?だからお前は死んでも母親になるなよ、社会の害悪だからな」
「ヒメは社会のお姫様であって害悪じゃないもーん、べー」
「その発想自体が既に害悪だな、少なくとも僕にとっては」
ああ、その通りだ。自分が姫だなんて、現実逃避にもほどがある。
こいつの下らない話に付き合いながら、僕と妃芽は支度をし教室を出る。
どうしてこんな馬鹿女と行動しないといけないのか……留衣さんも今の僕と同じような気持ちでいるのだろうか。それは耐えられない。留衣さんを苦しめる兄さんのことを考えると、怒りで心が満ちていく。
言葉の応酬を繰り返し(言っておくが、これは僕がこいつのレベルに合わせてやっているだけで、僕がムキになっているということではない。断じてない)、僕と妃芽は昇降口へとたどり着く。
全く、無駄な時間をすごしてしまった。忌々しい。
「やっぱりトモくんきらーい、だいきらーい」
「僕も嫌いだ」
「ぶーぶー」
なにやら呻いているが、無視だ。かまってはいけない。
妃芽から目をそらし、ふと溜息をついた僕の視界に、別の人物の姿が移った。
 
「……ん?」
佐藤だった。
クラスメイトの―――先ほど僕に話しかけてきた女だ。
その佐藤が―――何故か二年の靴箱の前に立ち―――ポケットから何かを取り出していた。
何だ、あれは?
封筒のようなもの―――手紙、だろうか。
そして佐藤は一つの靴箱を開き、その中にそっと手紙を入れ―――
途端はっと我に返ったように振り返り―――その場から駆けだした。
……ラブレター、とか言うやつか?
だから何だと言う話だ。興味もない、どうでもいい。佐藤にもそんな相手がいたのか、と思った程度だ。
それ以上の関心など、あるはずもない。
「トモ君まだあ?女の子をエスコートもできない男なんてさいてー」
こいつ、言いたいだけ言いやがって……、どうしてこんなに上から目線なんだ。
「黙れ、行くぞ」
「ぶーぶー、トモ君やっぱりきらーい。だいきらーい」
嫌いな男とケーキを買いに行こうとするお前のことを僕は嫌いだ。
兄さんがこの世からいなくなる日が来るとしたら、こいつも一緒に連れて行ってくれたら僕の未来は明るいだろう。
 
……いや、違う。
断定するのだ。僕の未来は、明るい、と。
兄さんがこの世界にいようといまいと関係ない。僕には関係ない。邪魔さえしなければ兄さんなんて周囲の塵と同じようなものだ。
こんな女や兄さんに―――僕の未来を叩き潰されてたまるか。
僕は幸せになる。父さんと母さんのように―――幸せをつかむ。
そして―――必要とされる人間に、今以上に優秀で、今以上に立派な人間になって―――
だから、それまでの我慢なんだ。
僕はまだ学生と言う立場上、多少の理不尽に耐えなければいけない。
僕のような優秀な人間には、この愚かな国はあまりに冷たすぎる。
だが、僕はそれに負けたりなんてしない。
馬鹿に屈したりしない。僕は僕の理想を貫く。そのためには余計なものなどいらない。馬鹿になど構っている暇はない。必要な人間だけ、必要な存在だけあればそれでいいのだ。
 
そう―――全て、『僕が』幸せになるために。
 
 
 
 
  
  
 
あとがき
今までで一番改定したかもしれない……どの辺って?トモ君の心情描写かな……。
二章の展開への伏線を増やしてみた、って感じです、内容は変わってないです。
この子……多分この話で一番痛い子だと思う……本当に……
実はトモヒメの会話の応酬は書いててとっても楽しかったりします。

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