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短めの一次&二次創作を思いついた時に更新します。本館はプロフィール参照です。
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です。どうぞ

女神と下僕・3
 
「うわあ……カスタードレモンケーキ、これめっちゃ美味そうじゃねえ?あ、こっちのクリームブリュレも捨てがたい……いや、でも待てよ、やっぱり王道のショートケーキが……いや苺タルトもこのサイズがたまらなく美味しそうなんだよなあ……でもやっぱり俺は昔からレアチーズケーキが好きなわけでして……いや、でもあえてモンブランに挑戦するという手も……あえてここはLサイズのシナモンロールケーキを買って皆で食べるってのもありか……あ、サクは絶対こんなとこ来ないだろうしお土産買っていったほうがいいかな。あいつ何が好きなんだろう。抹茶ケーキとかどうかな。いや意外にシュークリームなんかが好きだったりするかも?……ああああもうどれにすりゃいいんだよ!」
 
騒がしい。
私は溜息をついた。
ケーキ屋に行きたい、と言いだした時点で覚悟はしていた。この馬鹿はデザートの類を好んでいるのだ。絶対にどれが美味しいだの迷うだのと騒ぐだろうと思っていたが―――案の定だった。思っていたよりもひどかった。
食べ物の1つも静かに選べないなんて、やはりこいつは馬鹿だ。馬鹿、という言葉でも足りない。低俗、というべきか。
蠅だってもっと静かに食事くらいできるに違いない。
その蠅は、硝子に張り付くようにしてケーキを見ている。いやに瞳が輝いているのは気のせいではないはずだ。むしろ、どこからどう見てもはしゃいでいるようにしか見えない。こいつは幼稚園児か。
見知らぬ親子が馬鹿を見せものでも見るような目で見ている。……ああ、恥ずかしい。
この後馬鹿は私のところに笑顔でやってくるんだろう。かかわり合いになりたくない。同じレベルだと思われてしまう。
それすらも受け入れなければならないなんて―――女神も楽ではない。
もっともそれくらいの理不尽や不快を受け入れてこその女神なのだが。
 
「あー……どうしようどうしよう!?どれだけ絞ってもこのクリームだけは絶対外せない……。でもでも、待てよ、この『苺の乗ったショートケーキ』と『こだわりたまごのとろけるプリン』っていうのめちゃくちゃ食べてみたい!色んな意味で!……ああ、でもやっぱり値段的にはやっぱり三つくらいが限度だけどそれでもこれは外したくない……どうしようどうしよう……ああもう!いいや、全部買っちゃえ!すみません、これとこれとこれとこれください!」
散々わめいたあげく、いくつか買うものは決めたようだ。山のようにレジに持っていくのはさすがにどうかと思うが。
男は甘いものを好きでないと聞くが、こいつは例外らしい。馬鹿の場合、こんなものばかり食べているから馬鹿なのではないかと思えてしまうが。
それにしても、ただ買い物をするだけで騒げるのは一種の才能だと思う。認めたくないし腹立たしいが。
ちなみにこの間、私は他人のふりを決め込んで……いたかったが、何度も馬鹿に声をかけられたからおそらく無理だろう。
この馬鹿が。騒ぐならせめて神たる私に迷惑をかけないところでやれ。
 
「よーしたくさん買ったー!留衣ごめんな、待たせて」
馬鹿は会計を済ませ、ビニール袋を3つほど下げて帰ってきた。どれだけ買ったのだろう。いくらなんでも多くないか。
人さえ他にいなければ遅い下僕のくせにと罵って踏みにじってやりたかったが、こんな人混みの中そんなことできるはずもない。
「いえ、早く出ましょう」
極めて冷静にそれだけ言って、足早に店を出る。
さぞ店側もほっとしただろう。……数十分ショーウィンドウの前を陣取ってぎゃあぎゃあ言っていた男がいなくなったのだから。
本当は五月蠅いと罵りたかったが、さすが商店街と言うべきか、店の周囲はそれなりの人だかりがある。ここで(いくら真実とはいえ)この馬鹿を見下すのはあまりよくない。
「……はあ、やっぱあそこのケーキは最高すぎるな!いつ見てもおいしそうで涎が出そうだ。海原雄山もびっくりだと思うんだ!さあ早く帰って食べようっと!やべえテンションあがってきた!いつもだけどな!今の俺なら海賊王になったり美少女ハーレムを作ったり合衆国ニッポンを作れる気がするぜ!なな、留衣もそう思うだろ!?」
確かに、いつも以上にテンションは高い。だから何だと言う話だが。むしろ、普段のテンションでもあそこまで騒がしい方が恐ろしい。
「そうかもね」
「うわあその興味なさそうな肯定一番痛いって!なんか突然俺が痛い奴に思えてくるううううう!」
何やら頭を抱えてうめき始めた馬鹿を無視して歩き出す。馬鹿はすぐに気づき、待ってよ留衣、と言いながらついてきた。
―――ふん、置いていくわけがないでしょうが。私は女神なのよ。私に見放されたらあんたはどうなるの?ただのゴミみたいなものじゃない。
 
今の光景は、他人から見ればどう映るだろうか。
理想は女神と下僕―――という真実―――だが、人間に理解できるかどうかは分からない。私が美しいことは万人が認めることとは思うが、残念ながらそれを神という記号として変換できない人間は数多いのだ。
せいぜい美女と野獣、が関の山か。それでも十分ではあるが、やはり本音としては女神という事実を人間たちにも知って欲しいところだ。
今すぐとは言わなくても、徐々に、でも。
 
「それにしても、留衣は何も買わなくてよかったのか?こんなに安かったのに。ほら、ドーナツとか89円だぜ。普通こんな安くは買えないって!お買い得だよ、しばらくこれだけで暮らしていけるじゃん!ここのドーナツ最高においしいし。使ってる砂糖がすごくいいらしくて―――」
「いらないわよ」
何やら嬉しそうに再び語り始めた馬鹿に、一言で切り返す。
前にも言ったが、嫌いではない。ただ、こいつと行った先で、わざわざ安いケーキを食べるのが気に入らないだけだ。
女神たるもの、万人と同じ食べ物をやすやすと食べるわけにはいかない。もっとも、だからと言って豪華な食事をすればいいというものでもない。無駄に金銭を浪費するなんて女神のすることではない。
必要な時に金銭を使い、あとはできる限り節約する。それこそ禁欲的な神にふさわしい態度ではないか。
事実私は毎日の弁当を含めた三食は全て自炊している。女神たるもの、料理くらいこなすのは当然だ。
……そういえば、この馬鹿も何故か料理だけは得意なのだったか。私には及ばないだろうが、こいつにも特技の1つくらいはあるのか。それが当然だとは思うのだが、この馬鹿に関しては納得いかない。
「そう?まあいいけど。ま、俺いっぱい買い込んだんで、なんか食いたかったらやるからいつでも言えよ」
いらないと言っているだろう。
だいたい、あれだけ迷っていたんだから、全部自分で食べたいのではないのか?何故私に聞くんだ。
……全く馬鹿は。余計な気を回す必要などないというのに。好きなだけ食べればいい。私は下品な人間なんかから施しを受けたりしない。
―――さて、この馬鹿への付き添いも終わったし、あとは帰宅するだけか。今日は何故かいつも以上に疲れた気がするが、もう解放されると思うと気も楽になった。
さて、確か商店街から出るには、交差点の先にある信号を渡ってまっすぐ行けばよかったはずだ。商店街になどほとんど来ることはないが、きちんと道順を覚えているのは私の才能ゆえだろう。
「……ほら、行くわよ」
道が分からないのかきょろきょろしている馬鹿に声をかけて、私たちはまっすぐに進んで行った。
 
 
そして、そう時間の立たぬうちに、私たちは目当ての横断歩道へとたどり着いた。
もう少しというタイミングで、信号機は赤に変わってしまった。
少し来るのが遅かったようだ。仕方がない。馬鹿は全力で走って赤信号に滑り込んでスライディングを決めればまだいける、とかわめいていたがそんな恥ずかしいことを隣でされたらたまったものではないので捻り上げて黙らせた。
通行人はそこで立ち止まり、青に変わるのを長い間待ち続けるしかない。サラリーマンも、親子連れも、カップルも、高校生も、どこか苛立たしげに見えた。
……私という唯一神であっても、それは当然だ。これは機械なのだ、神の統治対象外。
こんなことでいちいち腹を立てていてもしょうがない、ただ待つしかない。
「あーあ、惜しい。ここの信号機長いんだよなあ。前なんて3分も待たされたんだぜ!?今日は少しでも早く変わるといいけど……」
馬鹿が何か悔しそうにしている。小さい男だ。
ただの機械に愚痴るだなんて。そんなことをしたところでどうにもならないに決まってる。
「静かにして」
とりあえず黙らせたい。
他の人間が大量にいるところでわめかれたら鬱陶しいことこの上ない。私のメンツにもかかわる。
私は女神なのだ、馬鹿のせいで人間と同レベルに見られてはたまったものではない。
「……だってさあ、これ結構重いんだよ?じゃあ留衣持ってよ。女の子に持たせるのは趣味じゃないけどさあ、留衣の通学カバンだって俺が持ってるわけでして……ケーキの箱1つくらい、だめ?……いっ!いやいや、冗談です!すみませんでした!血迷ってた僕の思い過ごしでした!」
……右足を踏みつけてやった。
こいつは今さら何を言っているんだろう。こういう『約束』で私の下僕になったのではなかったか。
私に荷物を持て、など失礼にもほどがある。私は女神なのよ?
まったく、生意気なことを言う―――
 
……そういえば。
失礼、と言えば、―――あの靴箱の手紙の主を思い出す。
丁寧ではあるが、どこか神経質そうな印象を与えるあの筆跡―――
ああ、……駄目だ、思いだすだけで苛々してきた。
女神の私に死ねだなどと言いだし、手紙を送りつけてくる―――なんて無礼なの。
許さないわ、絶対に!
思い出すだけで忌々しい!
さっきこの馬鹿にこの内容を話し、この手紙の主を捕まえるように命令したのに、「ただの悪戯じゃないのか?」と真剣に取り合わなかったことも更に苛立ちを募らせる。
何度か蹴りつけたら犯人を探すとは言ったが、どう考えても真剣に捉えていない。
……何よ、この馬鹿は。この私が、美しくて天才で、完璧で、女神の私が―――知らない人間ごときに殺されてもいいって言うの!?
……分かっている。自覚はある。私は、確かに神ではあるけれど、……肉体は普通の人間の女性だ。ただ並はずれて美しいだけの。
もし、先ほどの手紙の主が体格の良い男で、本気で私を殺そうと襲いかかってきた場合、私にはそれに反撃できるすべはない。もちろん私は完璧なのでやすやすと負けるつもりはないが、しかし、勝てると言う保障もまた、ない。護身用の刃物くらいは持ち歩いているが、それもまた完璧ではない。この世の武器に完全なものなどありはしないのだ。
もちろんだからと言って殺されてやるつもりなど微塵もない。女神たる私が人間に殺されるなんて洒落にもならない。もしものときはこの馬鹿を盾にでもなんでも使ってやる。神の下僕である以上その程度は当然だ。そもそも、下僕なら、こちらが盾にする前に自ら盾になるため飛び出してくるくらいはしてほしいものだけど。
ええ―――そうよ、そうしてでも生きてやる。
死んでなんか、やらない。
……ちっ、屈辱的だわ。どうして私が、一瞬でも人間なんかに殺される想像なんてしなきゃならないの。おかしいわよ。私は女神なのよ。
……別に、人間なんて下等生物に、怯えてるわけじゃ―――ないわ。
「る、留衣?そ、そんなに怒るなよ、俺が悪かったからさ、な?」
……どうやら、私は思った以上に顔に出していたらしい。
馬鹿が珍しくしおらしい態度と不安そうな声で私の顔色をうかがってくる。……何か勘違いしているようだが、わざわざこいつの誤解を解く気もないので放っておく。大人しい方が助かるからこのままでいいだろう。むしろしばらく黙っていろ。
「ご、ごめんって。留衣、あのさあ、ねえ……あ、ちょ、留衣……聞いてる!?」
馬鹿が何やら言っているが、あえて無視。
数分は経ったと思うが、今のところ信号が変わる気配はない。
思わず一歩前に進み出てしまう。特に危ないとは思わなかった。
我ながら少しばかり急いでいるのかもしれない。
……全く、この私を長い間待たせるなんて最低だわ。私は馬鹿と違って口になんて出さないけどね。私は女神だから。
「留衣、ちょっと……あ……な……」
……何言ってるのか分からないんだけど。いつも五月蠅いんだからもっと大きな声で言いなさいよ。人ごみにまぎれてるじゃない。
まあ、どうせ大したことじゃないんだろうけど。
そうよ、だってこいつの言うことはいつだってくだらない―――
 
とん、と。
 
「……え?」
そして。
唐突に―――それは、訪れた。
 
……あれ?
何、これ?
変な気分ね、まるで―――
身体が宙に浮いているみたいに。
 
足が、離れて。
首が、傾いて。
かたん、と。するり、と。
―――ぐらりと、傾く。
 
まるで、ノックをするような軽快さで。
友人の肩をたたくような気軽さで。
私の体は、道路に押し出された。
 
「留衣っ!!!」
視界が、白に染まる。
白に染まってはいるが―――それでも、それが何かが分かる。
……車、だ。
そっと右へと視線を向ける。
うまく体は動かないのに、何故かそれだけはすることができた。
そして―――理解する。
……どうしてよ。
何で、私にトラックがまっすぐ向かってきてるのよ―――!
早く体制を整えなきゃ、そう思うのに、体は思い通りにならない。
足に力が入らない。
私の身体はただ、道路へと向かって落ちていく。
そのまま、アスファルトに倒れこむみたいに。
それは多分大した距離でも時間でもないのだと思うけれど、私には―――スローモーションのようにしか感じなかった。
普通、人間は危険にさらされると頭が真っ白になるというけれど、私が今それなりに思考ができているのは私が女神だから?それとも―――
 
意味が分からない。
考えるだけで―――頭が沸騰しそうになる。
どういうこと?どうして?女神の私が、どうしてこんなことに?
何で、何で、何で、私の体は動かないのよ!?
これくらい余裕でしょ!?だって私は女神なのよ、こんな―――こんな、こと―――
耳が壊れるような、巨大な甲高い音。
混ざって聞こえる、誰かの声。
何で、何で、何でこんな―――!
 
思いだす。
私の頭の中を、過去の記憶が―――駆け巡る。
母に褒められる私、中学で生徒会長に選ばれた私、そして―――あの馬鹿。
何よこれ。
これじゃあ、―――走馬灯みたいじゃない。
 
……私、死ぬの?
こんなところで?
なんで、なんでなんでなんで、女神の私が―――
 
―――早く―――                バカ
―――早く、……助けなさいよ―――在野―――!
 
「っ―――!」
そう考えた、刹那。
ぐい、と。
何かが、私の身体を強く内側へと引っ張った。
……いや、違う。
私は―――逆方向へと引っ張られた。
何、これ?
何なのよ、これは―――
思考が追いつかない。ただ、事実として、私は何らかの力を受けている。
ああもう、どうして、今の私の頭は回転してくれないのよ!?
 
すっと、体が楽になった。
はっと気がつくと、私は本来自分がいた場所―――横断歩道の手前に、座り込んでいた。
もちろん、道路の中ではない。歩道だ。
……このことに気づくまでに、どのくらいの時間が立っていたのかは、分からない。それほど長い時間ではないようにも思うが―――
座り込んでいる私のことを、かなりの人数が見つめていた。その隙間から見える車道には、何事もなかったかのように車が走っている。……避けようとしてガードレールに激突、などという自体は免れたらしい。
 
……私……生きてる?
あれ、でも、―――うん、じゃあ、あれは?
さっきのあれは―――何?
 
「……留衣っ……!」
私の耳に、届いた声にはっとした。
なんだ―――馬鹿じゃないか。
さっきまで私の横にいたはずの馬鹿の声が、すぐ耳元で聞こえる。妙だわ。
あと、どうして全身がかすかに痛むのかしら。ちくりとした、刺にでも触ったみたい。
 
「……君、大丈夫か!?」
「怪我はない?」
「いえいえ、俺は全然平気です。留衣は……」
 
この馬鹿が、私の腕を引き後ろから抱きとめたのか。
ああ―――何、これ。
何でこいつ、私に許可なく触ってるのよ。
なんでこいつ―――私のこと抱きしめてるのよ!
 
「……留衣、大丈夫か!?」
何で、こいつは。
何で、何で、何で―――
「怪我してないか!?だから危ないって言ったのに!いや、でもあれは誰かが留衣のことを押してたように見えたから、留衣を責めるわけにはいかないかな……むしろ、その人を探せなかった俺のせいでもあるんだけどさ。俺が一瞬留衣から目離してたのも悪かったと思う。つうか俺が悪い。ごめん。ああ、ごめん。本当にごめん、留衣。大丈夫か?痛くないか?……っ!?」
こんなに―――馬鹿なのだろう。
 
言葉の最後で、苦しそうに顔をゆがめる。腰でも痛めたに違いない。当たり前だ。
道路へと落ちる私を全力で歩道に引っ張り込んだ挙句、その反動でコンクリートに全身を打ったのだ。全身を痛めないはずがない。良く見れば、二の腕にかすり傷ができていた。こんな調子で生傷がかなりの数あるに違いない。
もちろん私を重いだなんて言わせないが、それでもそれなりの負荷は間違いなくかかるはすなのだから。
ああ、―――本当に、馬鹿だわ。
馬鹿すぎて、いたわる気も起きない。
私は、あんたに助けてなんて、頼んでない。
頼んでもいない癖に勝手に触ったりするからよ。同情の余地もありはしない。
……でも。
そうか、私、こいつに―――助けられたの?
 
「……平気よ」
どうしてかしら?
思ったように、言葉が出なかった。
助けるのなんて当然でしょ、とか、痛いじゃないのもっと優しくしてよ、とか、言いたいことはたくさんあったのに。
「そ、っか。へへ、そりゃあよかった。そう聞いて安心したよ……っ、…………ああ、え?これ?平気平気。もう余裕余裕。これくらい即効治るって。俺の取り柄は健康なことだけだし、小学校の時は皆勤だったんだぜ!?通知表に「水口君の長所はいつも明るく健康なところです」しか褒め言葉がなかった俺を舐めるなよ?
それに、留衣に蹴られたり殴られたり階段から突き落とされたりする方がよっぽど痛いって。あ、とは言っても心は全く痛くない、むしろ興奮するくらいだけどさ!こんなの怪我のうちにも入らないって!慣れたもんだよこのくらい。こんな状態じゃなかったら留衣にいつも心を傷つけられているから体で慰めてくれよ!とか言うつもりだったけど今はそんな状況じゃないからいいや。……まあ、何はともかくさ。
留衣が……無事で、よかったよ、本当」
 
何で、よ。
何で、笑えるわけ?
意味が分からない。理解しがたい。
―――ありえない。あんな無茶で馬鹿なことをしておいて。
もし受け止められなかったら、私を止めきれなかったら―――あんたまで死んでたのよ?何平気な顔してるわけ?いつもみたいにべらべらべらべら喋って、頭でも打ったんじゃないの?痛くないの?
いくらあんたが馬鹿だからって、死ぬ時には死ぬでしょ?
―――そうね、これも私が女神だからよね。私が普通の女だったらあんたも死んでたわよ。私の神の力があんたを助けたの。感謝しなさいよ。あんたのおかげじゃ、ないんだから。
やっぱりこいつ、馬鹿ね。馬鹿すぎるわ。
五月の蠅にも失礼なくらいの、どうしようもない生物の底辺。
ああ、だから―――
 
心臓が、ばくばくと音を立てる。
全身が熱を帯び―――頭がうまく回転しない。
息苦しくて、眩暈がして、熱くて、ふわふわして―――
これは―――苛立たしいからだ。
こいつが苛立たしいから、余りに馬鹿で、どうしようもないから。
その怒りで、私の心臓が波打っているのだ、そう、思う。
それ以外に―――何があるって言うのよ。
そうじゃないって言うなら―――誰か、私に教えなさいよ。これが、何なのか、って。
 
「……に」
「ふえ?」
下僕にしては、いい仕事をしたじゃない。
褒めてあげるわ。
私は女神だから、いかに相手が下等生物であろうと、手柄を立てたら褒めるくらいはしてあげるのよ?感謝しなさい。
感謝して、やらないこともないわ。
そう、口にしてあげる。
ええ、それだけよ。そう、あんたみたいな馬鹿に言ってあげるんだから―――
「……勝手に、触らないでよ……。下僕の分際で」
……でも。
やっぱり、無理。
こいつに優しくなんて―――できない。
 
私はこの馬鹿の前では、神でいられない。
全ての人間に慈悲を―――それを誓って、今まで生活してきたのに。
なのに、私は、この馬鹿にだけは―――慈悲を与えることができない。
我慢しようとした。努力もした。無礼な発言を許してやろうとした。
女神の慈悲で、この馬鹿にも人間並みの対応をしてあげようと、した。
それでも、駄目だった。
この馬鹿の顔を見ると―――蹴り倒して、殴り倒して、下僕にしないと気が済まなくなる。
言葉にできない湧きあがる感情を、表現できない。
どうしても、優しくできない。
それは、もちろん、―――こいつがどうしようもない馬鹿だからだ。
私は、こいつにあきれ果て、苛立ち、それでも許してやりたいと思っているから―――この馬鹿に命令するのだ。
そう、なのだ。
だから―――こいつに、優しい言葉なんて、かけられる、はずがない。
……変ね、顔が熱い。体温が上がったかもしれない。早めに家に帰った方がいいかもしれないわ。……おかしい、かも。
 
馬鹿は少しの間黙っていたが、何故か嬉しそうに(わずかに頬を赤くし)私の頭にぽん、と軽く手を乗せた。
いつの間にか、私は馬鹿から解放されていた。……痛くは、ない。
「……」
とりあえず私に子どもにでもするようなことをしてきたので、睨みつけてやる。
女神に対して、失礼すぎるだろう。
「ごめんごめん。うん、分かってる悪かったよ。いや、まあ色々理由があってさ。ほら、つい無意識というか、ムラムラ……げふんげふん、じゃなかったドキドキしたとか、ほら、留衣が可愛かったから、ね?…………あ、ねえ留衣、今回ばかりは助けたからどれだけ触ったとしても勘弁してくれる、ってことにしたら……駄目ですねすみませんでした!身の程知らずでしたごめんなソーリー!……って、今冷静になって思い返すとすっごい恥ずかしいんだけどお、女の子の身体ってやわらかくてきもちぐふうっ!」
余計なことを口走ったのでとりあえず肘打ちしておいた。
こいつは公衆の面前で何を口走っているんだ!馬鹿じゃないのか!馬鹿だけど!
周囲の人間も何故か笑いながらこっちを見ている気がする。馬鹿にされているようには見えないが―――恥ずかしいったらない!
黙れ!黙れ!黙れ!――黙れってば!
 
―――その時、私は見つけた。
何故か、馬鹿を見たくなくて、視線を逸らしたその、先に。
「……」
見覚えのある、少女の姿を。
 
人ごみに紛れ、私たちが来た方向に向かって歩を進める、彼女は。
何故かきょろきょろと―――いや、違う、こちらを見ていた。
ひどく不安そうに、そして何故か絶望したかのような顔でこちらを見て―――そして、
私と、目が合った。
 
「……っ―――!」
それは、声にはならなくて。
事実、私にも声までは、聞こえなかった。
でも、間違いなく、そこで彼女は、何かを言おうとし。
言おうとして――――逃げ出した。
青ざめた顔で、脱兎のごとく、駈けだした。
何かが、私の中で弾けた。
 
ああ、そうか。
あいつ、なのか。
そう考えると、何故か―――ああ、と納得してしまう。
私に絶えず向けられていた視線。
あの、何かに怯えたような態度。
だって、あいつは―――
あの時の―――図書館の、少女だったんだもの。
 
証拠?何よそれ、おいしいの?
そんなの、あるに決まっているじゃない。
 
私は女神―――女神たる私がそう思ったら、それは紛れもない決定的な事実なの。
 
「……っ!在野っ!」
それに気づいてしまえば女神たる私の行動は実に迅速だった。
―――追いかけるんだ―――あの女を!
立ち上がる。こんなところでのんびりしている場合では、ないのだ。
「ふえ!?なななな何留衣、どうしたの、一体―――」
「走るわよ!」
馬鹿の腕を引っ掴み、走り出す。
こいつは怪我をしているのは知っているが、構っている場合ではない。馬鹿をそこまで思いやる気はない。
また、置いていくこともしない。―――私は、こいつの面倒をみると決めたからだ。それだけだ。
あの子である以上、この馬鹿でも多少は必要になるだろう。……そのはずだ。
だってこいつは、私の下僕なのだから。
「いいい、痛い留衣、痛いって!何何、何があったのさ痛ったあ!留衣に腕を掴まれるのは全然嫌じゃないっつうかむしろ嬉しい、留衣の白い肌が俺に触れるなんてハアハアって感じだけどそれでも痛あっ!」
ああもう、騒がしい。
いつもだったら捻り上げているところだが、今日はこいつが既に傷ついているということで何もしないでやる。感謝しなさいよね。
―――ああ、そういえば、いつの間にかさっきまでの熱が引いている。
やっぱり、ちょっとした疲れだったのよね。そうに決まってるけど。
そう、別に、あいつに助けられてああなったわけじゃ―――
「留衣」
名前を、呼ばれる。
それに心臓が跳ねあがったのは―――こいつが前触れもなく突然声をかけたからだ。
しかも、さっきまでとは違う雰囲気で。
今は、それどころじゃないってのに!
空気読みなさいよね!これだから馬鹿は、
「……何よ」
さっきまで―――あんなにバカなことばっかり言っていたくせに。
「……勝手に触って……悪かったよ」
―――たまに、こうやって、……申し訳な顔、するのよ。
………………全く、今さらすぎるわよ。
最初の段階からそれくらい、言っておきなさいよ。
だから、こいつは馬鹿なのよ。
「……ふん」
今、謝ることじゃないでしょうが。
 
「……知らないわよ」
調子、狂うのよ。
 
 
 
  
  
あとがき
本当はもう少し続けるつもりでしたが予想外に長くなったのでここで切り!
次回は留衣さんが女神らしさを発揮する、はず?
とりあえずこのやり取りを見せられた通行人は砂吐きそうになってると思うんだがどうだろうか。
 

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