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短めの一次&二次創作を思いついた時に更新します。本館はプロフィール参照です。
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記念すべき10話にして一章終わり!


兄と弟・3
 
結論から言わせてもらう。
遠坂妃芽との買い物は、―――何の波瀾もなく終了した。
あいつの王子とやらにでも鉢合わせて変な因縁をつけられたり、甘いもの好きな兄さん(とそれに付き合わされているであろう可哀想な留衣先輩)にでも出くわしたり、クラスメイトに見つかってよからぬ噂をたてられたり―――そんなことが起こってはまずい、と僕は用心深く辺りを見回していたのだが、何も問題はなく終わった。
妃芽に1つ2つではすまない厭味を言われたくらいで、他にトラブルもなかった。
まあ、それで当然だ。何かあったら僕が困る。あんな女と一緒にされるなんて―――屈辱以外の何物でもないからな。
妃芽はよくこんなに食べて頭がおかしくならないな、と思ってしまうほどの大量のデザートを買い込み、人に荷物を持たせるだけ持たせて、家の近くまで連れてこさせたあげく「トモ君にストーカーとかされたら嫌だからここでいいよ」などと被害妄想なことを言いだし帰宅した。
何だったんだ。どうやらあいつは、本気で僕を利用するために連れていったらしい。
屈辱だ。僕を何だと思っているんだ。
僕があんないかれた女の手足のようにふるまうなんて、プライドが許せない。
 
だから僕は帰路に就く際、少々不機嫌だった。
もちろん、あの女に本気で腹を立てている訳ではない。僕はそんなにレベルは低くない。
ただ、うんざりしただけだ。
夕焼けすら見せようとしない曇天が、さらに気持ちを暗くする。周囲にはのろのろと散歩している老婆以外の人間は誰もいない。
ただかつ、かつ、と、道路に反射する僕の足音だけが聞こえてくる。
 
ああ、今からまた―――兄さんと顔を合わせなければいけないのか。
妃芽と別れたと思ったら、今度は兄さんか。
だから、そんなことをふと考えてしまったのだろう。
うんざりする。瞬間的に帰る気が失せてきた。
また、兄さんのあの声を聞かなければならない。目を合わせなければならない。……記憶から消し去ろうとしても、簡単にいかない。だからこそ、苛立たしい。
本当は一人暮らしをしたいぐらいだが―――それは父さんと母さんに禁じられている。
母さんと父さんの言うことに逆らうつもりはない。……不快だが、僕が大人になって譲歩しなければならないのだ。
そう、僕は優秀なのだから。
兄さんとは違う―――認められた人間。
本音を言えば、どうして兄さんのような駄目人間に僕が譲歩しなければならないのだ、とは思うが、世の中の理不尽はこんなものだろう。
理解はしている。承諾もしている。……納得ができないだけだ。
「……くそ、妃芽……」
思わず、あの女の名前を出してしまう。あの腐れビッチめ。どうせ僕と別れたあと『王子様』とやらとケーキでも食べるに違いない。くそ、どうしてそんな下らないことに僕がかかわらなきゃいけなかったんだ―――
そこまで考えて、はたと顔を上げる。
ちょうどそこは、帰路の途中にある待ち時間の長い信号機だった。
……ふう、通り過ぎるところだった。冷静になれ。そんな間抜けなことできるか。
あんな女のことは、もう考えない。そう決めた。
僕が今から考えることは、明日の授業のことと、将来のことだけ、それだけでいい。
無駄なことは、何も要らない。
そう、何故なら、どうせ続くのはいつも通りの毎日。
僕が将来更に優秀で立派な人間になるために―――積み重ねるだけの退屈で苛立たしい日常。
そこに変化などいらない。……あるはずもない。
当然だ。ここは現実で―――兄さんが『大好き』なアニメでも漫画でもゲームでもなく。
ただの、『僕が幸せになるため』に存在する、踏み台にすぎないのだから―――
 
信号が、赤に変わる。
今日はいつも以上に、長く感じた。
僕はふう、と溜息をもらし、苦痛ながら家に帰るために一歩を踏み出し、
「楽しいですか?」
 
―――声が、した。
 
息を呑んだ。
顔を、あげる。そこには、―――いた。
全く気配すら感じさせることなく、『それ』は、そこに、立っていた。
―――1人の男。
……いや、僕は今男と定義したが、それは直感的にそう思っただけで、確証はない。目の前の人物はそれくらい中性的だった。
女だと言われても、はたまたどちらでもない、もしくはどちらでもあると言われても、すんなり納得してしまいそうだった。
『彼』は白かった。服も、頭髪も、瞳の色も、肌も、何もかもが白一色だった。
それなのに、いや、それでこそ、だろうか、―――『彼』はどこまでも美しかったにもかかわらず―――あまりにも薄かった。
存在が、薄い。今すぐにでも消えてしまいそうな儚さと美しさ。
僕は人の容姿になど取り立てて興味などないのに―――そんな僕であっても、思わず呼吸も忘れるほどに。
男、女、そんなことは全く関係なく―――まるで、ここが現実でないかのような―――そんな、妙な気分だった。
この男が、本当に人間なのか―――判断がつかないほどに。
……馬鹿な、ありえない。ここは現実だ。現代の日本だ。こいつは、人間だ。
それ以外の存在なんて、それ以外の場所なんて、僕の前にあるはずがない。
そんな非現実的なこと―――ありえるはずがない!
……僕はそいつを見た瞬間かから、―――自分の方が震えていることに、気づいていた。
「……どういう……」
「貴方……水口在朝君、ですよね?」
そして、彼は俺の名前を呼んだ。―――僕の言葉を遮って。
やはり、その声もはっきりとした性別を感じさせるものではなく、声の高い男性なのか声の低い女性なのかも曖昧だ。
どうでもいい。普段ならそう思うのだが、いやにそれは僕の気に留まる。
それは、彼が僕を『水口在朝』と断定した口調だったこともあるのだろう。僕は、この見知らぬ他人から『知られている』のだ。
「……そう……ですが……」
そして、僕が彼に会ったのは初めてだ。
クラスメイトだというわけでもない、正真正銘の初対面だ。当然、忘れている、などというバカみたいな選択肢はありえない。
なのになぜ、彼は僕の名前を知っている?
僕は自分で言うのも何だが平和的な一年生だ。成績は優秀だから、成績上位者として名前を知られているのはありえるが、顔まで覚えられているとは思えない。
第一僕は―――見知らぬ人間に探されるようなことは何もしていない。
「やはりそうですか。彼に似ているのですぐ分かりましたよ」
男は納得したように一人うんうんとうなずく。
僕は、その言葉を聞いて、彼の言う『彼』が誰を指しているのか気付いた。気付いてしまった。
本当はそう信じたくも認めたくもなかったが―――
「……あ、貴方は……」
「とは言え、こんなところで会えるとまでは思いませんでしたが―――ん?」
「貴方は……兄さんの知り合いですか?」
そうだ、それ以外にあるものか。
僕が今まで似ていると言われた人間なんて、兄さん以外に存在しなかったから。
かっと、心の奥に熱いものが宿る。情熱―――などではもちろんない。怒りだ。
ああ、またか。
また、―――ここでも僕は、兄さんの『弟』だと言われなければならないのか。
「……ええ、そうですよ?」
そして案の定。
『彼』は、それを肯定した。
ああ、やっぱりか―――怒りより先に虚脱感が襲う。
くそ、くそくそ、……何だよ、僕を兄さんと一緒にするな!
 
「……僕のどこが、……兄さんに似ているんですか」
思わず、聞いてしまう。
だって、冗談にしても笑えないじゃないか。
あんな兄さんと似ているだなんて、―――もう二度と聞きたくない言葉だ。
それとも、僕に対する侮辱のつもりか?
こいつが無意識に言ったのなら許してやらなくもないが、僕を挑発するために口にしているのなら、冗談じゃない。
 
「どこって―――よく似ているじゃないですか、顔は」
僕は頭に血が上りかけるのをかろうじて押しとどめた。
男の顔を見る。……笑っていた。
無邪気な満面の笑み―――などではない。
『そんな本当のことを言って何が悪い』、とでも言いたげな―――人を小馬鹿にする類の、微笑。
自分の発言が相手に不快感を与えたなどとは到底考えもしていない―――いや、与えていたとしても『関係ない』『理解できない』と言わんばかりの、すまし顔。
自分は別の世界に生きている人間だから、お前には自分の気持ちなんか分かるはずがない―――そんな感情さえ見出せた。
どこまでも美しいが故に―――どこまでも冷徹な。
―――こいつ―――僕を挑発してる―――!
思わず唇を噛みしめる。駄目だ、落ち着け。ムキになってはいけない。
他人に当たるなんて子どものすることだ。僕は大人なのだから、これくらい堪えないと。
そう、だってこいつは―――兄さんの知り合い。年齢まで同じかどうかは知らないが、兄さんの知り合いである以上―――兄さんと同レベルに決まっているのだから
「……冗談はやめてください」
「俺は冗談など大嫌いですので絶対に言いませんよ?信じたくなくても鏡に二人並んで立って見れば分かるんじゃないでしょうか」
やはり、当然のように。
迷う余地もなく、楽しそうに、あっさりと、真実を告げる。
確かに、言われたことはある。
僕と兄は性格も出来も正反対ではあるが、顔だけはよく似ている、と。
それが、余計に腹立たしい。
少しでも似ているということは、兄さんが僕の『兄』だと証明してしまうということだ。
兄さんが存在するだけで、僕の『兄』であるということを主張してしまう。だから、苛立つ。
あんな落ちこぼれと僕に、同じ血が流れているだなんて―――
 
……くそ、呑まれるな。早く帰るんだ。こんな奴、適当に追い払おう。
「……で、何なんですか。……そんなことを言いに、わざわざ来たんですか」
それなら今すぐ帰れ、と無言で主張するが、どうやらこの男には空気を読むスキルはないようだ。
それはそうか。兄さんの知り合いだからな。そこまで求めるのは酷というものだろう。
「何、と言われましてもねえ。たまたま帰宅途中に見つけただけですよ。貴方を待っていたとか、貴方をストーカーしていたとか、そのようなディープラブな理由では一切ありません。ただの偶然です。せっかくですから偶然ついでに貴方に話しておこうと思っただけで」
……話?
何がだ、何のことだ。
僕には、兄さんの友人となんて話す義務も意思もない。
だいたい、兄さんの知り合いはやはり意味が分からない。こんな雨の中傘もささずに平然としているなんて馬鹿じゃないのか?まともな精神状態なのか?
「……何をですか」
正直、会話を交わしたくもない。馬鹿が感染りそうだ。
「大したことではありませんよ。ただの、独り言のようなものですよ―――、そう」
何だそれは。そんな下らないことを言うために僕を引き止めたのか。独り言なら僕を巻き込まないでくれ。
ああ、全く、面倒だ。苛立たしい。どうして、こんな奴に―――
 
「貴方は―――普通ではありません」
 
―――そんなことを、言われなければならないんだ。
意味が、分からなかった。
こいつは―――唐突に、何を言っているんだ?
あまりの理解できなさに―――思考が停止した。
普通?僕が?普通じゃない?意味が分からない。何のことだ?
それは、本当に本当の、日本語だったのだろうか?人の発するにふさわしいものだったのだろうか?
残念ながら今の僕には―――それを判断することはできない。
「貴方は必要以上に兄を嫌い―――鬱陶しく思っている。それに対応して周囲の人間を自分より下だと見下ろし、自己満足に浸っている。自分に酔っている」
男は、それが当然と言わんばかりに、語る。
僕の気持など、まるで考える様子もなく。
その考えが間違っているとは、微塵も考えていないかのように。
その演説的な口調は、僕を非常に苛立たせた。
じわりじわりと、しかし確実に―――僕は、その言葉に腹を立てていた。
意味を、理解する。
徐々に、徐々に―――僕は、男が何を言いたいのかを、把握する。
ああ、この男は―――
「でも、貴方にはその自覚がない。貴方は真に周囲の人間が間違っていて、自分が正しいのだと信じ切っている。それが自分の想い過ごしだと、本当は自分が間違っているのではないかと、考えたことがない。……考えたくない。何故って?もし、自分の方が間違っていると自覚すれば、『貴方』が壊れてしまうからでは?自分がしてきたこと、言ってきたこと、それらは全て自分の方が上だったから、優れていたからと仮定すれば責められたことではない。しかし、それが自分の誤りだったと自覚したら?自分が本当は、優れてなんかいない、ただの『人間』でしかないと分かってしまったら……貴方は、今の貴方のままでいることができますか?」
 
僕を、馬鹿にしているんだ。
 
なんで。
なんでこんなやつに、そんなことを言われなければならないんだ。
こんな―――僕を見透かすようなことを―――!
何が独り言だ、僕に喧嘩を売っているくせして―――!
「……貴方が兄を嫌うのは、全て自分のため。兄ができそこない?役立たず?駄目人間?そのレッテルを張ったのは―――貴方自身です
……うるさい。
そう思った。ふつふつと怒りが湧いた。
……こんな奴に、僕のことがわかってたまるか。
どうして、こんな奴に偉そうに説教を受けなきゃならないんだ。
そして、それが、兄さんにかかわることだなんて―――!
「いえ、貴方は、そうしなければ自己顕示欲すら保てない存在なのでしょう。そう考えると、同情の余地はありますね。憐れです。もっとも好きにはなれませんが。痺れるけど憧れないぜ、という奴でしょうか」
黙れ。
黙れ、黙れ、黙れ、黙れ!
自分自身が、止められない。
僕自身、どうしてこんなに苛立っているのか、むきになっているのか、さっぱり分からない。
意味も分からないのに、ただ―――苛立つ。
聞きたくない。もう言わせたくない。黙れ、黙れ―――黙れよ!
1つだけ確かなのは―――僕はこの男を『嫌い』だという、確信。
 
「……何が……」
―――何が、異常だ。
僕は普通だ。普通より優れてはいると思うが―――それでも、異常なんかじゃない。
兄さんを見下している?自己満足?馬鹿にするのもいい加減にしろ。
兄さんは、見下されても仕方のない駄目人間なんだから、当然じゃないか。
それに満足なんて、していない。僕は兄さんに期待して、期待したけれど裏切られたんだ。そんな兄さんを見て僕が満足する?ありえない、馬鹿みたいだ。
「兄を嫌うことくらい、周りの人間に優越感を覚えることくらい誰にだってある!それが異常だと!?おかしいのは貴方です!そんな当たり前のことが異常なら、世界中に普通の人間なんてどこにいるんですか!」
そうだ、意味が分からない。
兄に幻滅し、鬱陶しい思うことくらい、思春期ならば誰でもあることだ。僕は思春期などという理由ではなく、冷静に判断したうえで兄に期待していないだけだ。
そして、自分に酔う?それこそ誰にでもあることだ。
自分の全てに自信のない人間なんているはずがない!どんな自殺志願者だって、兄さんでもない限りどんなにくだらないことであっても一つくらいは得意なことがあるはずだ。
兄さんが駄目なのは当たり前のことで、それが異常だなんていう方がどうにかしてる。レッテルも何も、事実じゃないか。ましてや―――こいつと同類扱いなんて!
こいつは頭がおかしい。薬でも決め込んでいるのか?
「……さすが、兄さんの友達は言うことが違いますね」
まあ、無理もないだろう。
あの兄さんの友人なんだ、まともな奴がいるはずがない。
馬鹿騒ぎしている不良同然の連中か、兄さんのように頭の悪い落ちこぼれか―――こんな電波しかいないに決まっている。
ああ、本当に留衣先輩が可哀想だ。早く、僕のものになればこんな連中と一緒にいさせたりしないのに。
「―――そう、そうやって……在野が駄目な奴だという考え方を、何を言われてもかたくなに崩さず、病的に固執し思い込み、全てを周囲のせいにして悦に浸っているから貴方は異常なのだと―――いえ、今はどうでもいいですね。貴方に言うだけ無駄でした」
男が僕に向けたその目には、『呆れ』があった。
どうして、僕がこんな目で見られなきゃならない!?
僕のどこがおかしいって言うんだ。僕のどこが可哀想だっていうんだ。
可哀想なのは、お前の頭だ。
ただの電波野郎のくせに……僕に、指図するなよ!
 
男は、なおも喋り続ける。
その口を本気でふさいでやりたいと、思った。
「あなたは、今回の『事件』にはほとんど関わりませんでした。……いいえ、第一に、今回の『事件』は事件といえるほどのものではなかった。一人の少女が暴走し、脅迫文を送りつけ、あやうく人の命を奪うところだった。しかし結果的には、何の被害も出していない。『女神』によって平和的に、且つ彼女にふさわしい強引な理論で無事解決しました。もちろん、貴方は、その少女が誰なのかすら気づいていない。彼女が、貴方の身近にいたということにも、ね」
少女?そんなの知るか。僕には関係ない。
僕がかかわるようなレベルの人間でないだけだろう。
それだけだ。そんなことをわざわざ僕に言われる筋合いはない。
 
「しかし、次はそうとは限らない」
雨が、降る。
更に強く、滴はコンクリートを叩く。
男は傘さえさすことなく、―――僕を、見る。
不思議なことに―――僕はそいつのことが嫌いだったはずなのに―――男の姿は、まるで天使のようにも思えた。
しかし、その美しさは、僕を不安定にして―――不快な気分にさせる。
衝動的に、その首を絞めてやりたくなるほどに。
「貴方はその弟という関係性上『水口在野の影響をもっとも強く受けている』。一番近くにいるのだから当然といえば当然ですね。そうなれば、彼の持つ詳細不明の力のヒトカケラは、貴方も持っている可能性がある。
簡潔に言いましょう。きっと次からは―――貴方はただの傍観者ではいられない。
今は、まだ理解しなくて構いません。そもそも理解すらできないでしょう。俺のことをどう思おうとどうせ理解できませんから関係ありません。しかし、今からいやでも貴方は貴方の兄の『現実』を知らされる。その覚悟だけは、しておくことをお薦めします。」
 
現実?
兄さんの現実なんて、そんなもの―――僕には関係ない。
僕は、僕だ。兄さんじゃない。兄さんなんて、関係ない・
 
僕の世界に、兄さんなんていらない、いらないのに―――
どうして、……僕の邪魔をするんだよ!?
 
「ああ、そういえば名乗り忘れていましたね。
―――俺の名前は傑作為。偽名ですけどね。俺のことはサクでもいーちゃんでもすー君でも好きに呼んで構いません。しかし、さっくんだけはやめてください。虫唾が走るので。……では、水口在朝。……貴方がこちらの『現実』を知ったら、また―――お会いしましょう」
それだけ言い残して、そいつは―――傑作為は、僕の前から姿を消した。あっと言葉を発する間もなく―――彼は僕の目に『見えなく』なった。
僕は、そいつの背中を追いすらしない。……そんなことをする気力も、興味もなかった。
視界が、開ける。
ざあざあという騒がしい音がようやく耳に入ってきて、―――僕は自分が、雨に打たれていることを思い出した。
 
「……っ」
そして、襲う眩暈。頭が焼けるような頭痛。視界をぼんやりとした白い霧が覆い、立っていられなくなった。―――発熱したかもしれない。いや、間違いない。
たまらず、コンクリートに跪く。誰もいない。誰も―――いない。
誰も、僕を助けてくれる人間なんて―――いない。……いらない。
「……い……」
早く帰らないと。僕はそう理解している。
しかし―――僕の脳内は、ただ1つの単語を繰り返し続けていた。
何よりも熱いのは、額ではなく―――心臓の最底辺に根付いているはずの、憎悪。
 
おかしい。
こいつは、おかしい。
こいつは、頭がおかしい。
だから、これを理解できないのは、当然なんだ。
そう、だから―――僕が悪いわけではない。
僕が駄目なわけでも、僕が異常なわけでもない。
ああ、そうだ。僕はおかしくなんかない。
僕は普通だ。普通の人間だ。
ただ、兄さんに幻滅し、兄さんを嫌うだけのただの高校生男子だ。
どこが異常だと言うんだ。馬鹿にするのもいい加減にしろ。
僕は、普通なんだ―――ただ、人よりすぐれているだけで!
繰り返す、繰り返す、繰り返す。
正しいのは僕だと、そう理解していたけれど、それでも。
 
……これも、全て。
全て兄さんのせいなんだ。
兄さんが、役立たずのできそこないだから。
兄さんがもっと僕にとって誇れる兄だったら、僕はこんな目に合わなかった!
僕が今こんなに不快な気持になっているのも―――兄さんの友人だとかいうあの男のせいだ。
もし兄さんがもっと立派な人間だったら。
もし兄さんが僕の役に立つ人間だったら。
もし兄さんがもっと誇れる人間だったら。
もし兄さんが僕が好きになれる人間だったら。
僕はこんな負の感情を抱くこともなかったのに―――
 
―――兄さんが、いなければ。
兄さんがいなければ、僕はもっともっと、幸せになれるのに。
留衣先輩ともっと早くから一緒にいられた!あの気に入らない男とも会わずにいられた!そして意味不明な話を聞かずに済んだ!兄さんの巻き添えで注意されることもなかった!
今こんなところで―――立ちどまらずにいられるのに。
そして、母さんと父さんも―――僕は―――僕が―――
 
××に××されることもなかったのに。
 
僕は―――完璧な人間になれたのに!
 
「僕は……」
自分が何を言っているのか、分からなかった。
ただ、自然と、口だけが脳とは無関係に動いた。
意識がもうろうとしている僕の耳には、その声は、聞こえない。
でも、確かに僕は、何かを口にした。
そして、それが―――紛れもない僕の『真実』なのだ、と、理解した。
「僕は、兄さんが―――」
 
―――××××××。
 
前が見えない。
意識が、遠のく。
ふらり、と僕の身体はわずかに傾いて、そして。
 
僕はそのまま、意識を―――
 
 
よって、水口在朝は気付かない。
少なくとも、現在のこの時点では。
 
自分が兄にコンプレックスを抱くあまり―――自分の誇りを保ちたいと思うあまり―――全ての責任を兄になすりつけているだけなのだということに。
 
確かに、家族に嫌悪感を抱く程度なら誰にでもあるだろう。
しかし、彼のそれはもはや嫌悪感、という域を超越している。
嫌悪、憎悪、そのどちらともつかないその感情の名前。
 
それは、『自負』。
 
水口在朝は、自分を誇る。
自らを誇るために、その邪魔になると判断した存在とは極力かかわらず、誇れる人間とだけ接触しようとする。
自らがほとんどの人間より優れているとかたくなに信じ―――自分の基準に沿わない人間には、駄目人間のレッテルを貼る。
だから、それ故嫌悪する。
自らの見下す存在が、自分の『血のつながった兄』であるという事実に。
 
何があっても。
どんな理由があろうとも。
自分が兄より劣っているなどと、認めようともしない。
彼にとって兄が劣っているのは当然であり、否定するべきことではない。そうで、なければならない。
自分が優れているのだと信じていないと、思考することすら叶わない。
兄を落とし、落とし、落とし、落とすことで自らの平静を保ち、今日を生きる彼の姿。
それが、現在の在朝の心が一種の『病み』を抱えている、証だ。
 
だから、もし―――
水口在朝が、水口在野より劣っていると、そう『自覚した』場合、彼はどうなるのか?
実際に水口在朝が水口在野より劣っているのかどうか、そこは重要ではない。重要なのは―――水口在朝が、そう『思う』こと。
それはまだ、誰にも分からない。
1つだけ確かなことは、
水口在朝が、兄をどうしようもなく強く意識しすぎている、という事実。
それは妄想にも、脅迫にも、憎悪にも、執着にも、―――愛情にも、似ている。
 
だから、在朝は否定する。
その自らの歪んだ『自己愛』のカタチ―――傑作為が『異常』と呼ぶにふさわしいもの―――を、ただの一欠片も信じようともせずに。
 

あとがき
一章終了!
何も謎が解けてない感じですがまあ一章だし
トモ君はイライラする人も多いと思いますがまあその分フルボッコになってるので許してやってくださいなww

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