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短めの一次&二次創作を思いついた時に更新します。本館はプロフィール参照です。
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久々9話目です。
一応一章終わり……じゃなかった、あと一話あったw
あとがきはあと一話あげたら書きます。どぞー


 
女神と下僕・4
 
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい、ごめんなさい。
私は、私を好きになりたいです。
私は私を好きでいたいです。
それだけ、だったんです。
それなのにこうなったのは、貴方が悪いんです。
誰か―――誰か、私を私に愛させて!
 
 
走る。
ただ、走る。
向かう先は決まっていた。あの女のところだ。
ただ、姿が見えないだけで―――すぐに、あの女のところにたどりつく。
後ろの馬鹿なんてどうでもいい。ただ、追いつくこと。それが重要だ
 
私は(女神だから当然なのだが)その辺の女の何倍も足は早い。途中で隠れられたりさえしなければ、すぐに追いつけるだろう。
あの女は体力がありそうにも見えないし、第一女神の私があんな女に負けるはずがない。
「……な、なに、……何が、あったの……留衣……ぜえ……」
この馬鹿、もう疲れているの?情けないわね、男のくせに。
「何やってるのよ、早くしなさい」
「も……無理……俺最近こんなに全力で走ってな……ぜえはあ……」
そんなのは自分の責任だろう。ゲームばかりしている方が悪いのだ。
早くしないと、あの女に逃げられてしまうかもしれない。早く探さないと。
私は周囲に気を配り、しかし足は止めることなくあの女の姿を探す。馬鹿との距離は離れていくが知ったことか。全て馬鹿が悪い。まあ、私は神だから追いつけないのも無理はないかもしれないが。
……くそ、見失ったか?馬鹿に一瞬構ったのがまずかったのだろうか、少女の姿は見えない。
いや、まだ近くにいるはず。ただ、死角に入っているだけ―――
私は更に走る。馬鹿?ああ、もうあんな奴放置しておいていいわよ。どうせ下僕だし。
こちらだろう、と女神らしく鋭い勘で右の角を曲がり、住宅街へと入って行く。ちらほらと家族連れが見受けられるが、その陰に―――
……いた。
あの女だ!
遠目から見ても、明らかに疲れきっている。……すぐにでも追いつくはずだ。
絶対に、絶対に―――逃がさないんだから。
私は軽やかに、且つ艶やかに、且つ鮮やかに、且つ確実に、少女との距離を詰める。
あと、50メートル。
あと、30メートル。
あと、10メートル、あと―――
ああ、やっぱり私って、女神よね。
自分の才能にうっとりしてしまうところだが、今はそれよりもまず―――
確実に少女の背中が近づき、そして。
 
「……待ちなさい!」
私は少女の―――肩を掴んだ。
少しばかり力が入りすぎてしまった気がするが……これでも優しすぎるくらいだ。私は殺されかけたのだ。
……冤罪?そんなことあるはずないじゃない。私は女神なのよ。私が思ったらこの子が犯人に決まっているわ。私の勘は良く当たるんだから。私は優しいから皆に聞こえるように言ったりはしないけれど。
それにしても……さすがに……疲れるわね。いくら私が女神とはいえ―――こんなに……本気で疾走したのは、……久しぶりだわ。
……そういえば、馬鹿はどうなったことやら。
「……っ!?」
少女の体がびくりと撥ねる。……その姿は、まるでか弱い小動物のようだ。
……誰のせいで、こんなことになったのよ。あんたのせいでしょ。そうに決まってる。
私は思わず、少女を強く睨みつけてしまう。
更に縮こまる少女。……沈黙が流れた。
周りの人々は、誰も私たちに注意を払わない。女の子が二人、話しているようにしか見えないのだろう。……私は女神なので、普通の少女ではないのだが。
しかし、これは好都合だ。……周囲に気を使わずじっくり、こいつと話すことができる。
このまま黙っていては埒があかない。こいつに聞きださないと―――
「……はあ……はあ……留衣早すぎるだろ……いや、そりゃさあ、留衣が運動神経抜群なのは知ってるよ?いつも体育の授業チラ見してああ留衣はすごいなあ、留衣は本当に可愛いなあってずっと思ってたし。……いやまあ正直言うと見てたのは留衣の体操服姿と水着姿なんだけどね。布一枚じゃ隠しきれない留衣のエロいボディを見つめてにやにやしたりムラムラしたりしてただけなんだけどさ……ぜえ……はあ……でもさあ……ぜえ、……さすがにこれは俺の立場ないと思うんだよ、女の子に負けるのは、ねえ?これじゃあれだ、このままじゃいつか来てほしい(願望系)俺と留衣の性夜のとき困るよね?俺の方が体力ないなんて……ちょ、ちょっと今から体力つけてくるっ!……うぐっ!?」
……どうして疲れきっているはずなのにこんな馬鹿なことを話し続けられるのか理解できない。こいつはおそらくデザートは別腹、ならぬ舌は別身体なのかもしれない。
とりあえず、この女の肩を掴んでいるのとは逆の腕で、馬鹿の襟首を引っ掴んだ。このままこいつの息が止まって死んでくれてもいいのに。
……人がこの女を問いただそうとしているときに……邪魔なのよね。
それに……わ、私が可愛いなんて当たり前のこと言われても―――五月蠅いだけよ。
 
「……あ、在野先輩……」
彼女は、言葉に迷っているようだった。
顔は真っ青、今にでも貧血で気絶でもしそうだった。
な、何なのよ、何だってのよ。
どうしてこんな態度、取られなきゃいけないの?
……ま、まさか間違ってるなんて……いや、そんなことありえない!
とにかく、今倒れられては困る。
私は、この女にたくさん聞かなければいけないことがあるのだから。
「あれ、和香?どうしたんだ?こんなところで―――」
へらへらと笑顔で呑気なことを言いだした馬鹿を押しのけて、私は女の前に立った。
この馬鹿、もしかしてまだ状況が分かっていないのだろうか?私が何のためにここまで走ってきたか―――間違いなく、理解していない。説明するのも億劫だし、第一今一番大切なことではない。
「……っ!」
「る、留衣……?」
少女が顔をこわばらせ、馬鹿もさすがに奇妙に思ったのか、私の顔を恐る恐る覗いてくる。
私は二つの視線を無視し、―――女神らしく、堂々と宣言した。
 
「……私を道路に突き落としたのは、あんたね?」
そして、問う。
 
確かに私は、車道の近くに立っていた。認めよう。
そして周囲には、それなりの数の人間がいた。
でも―――偶然誰かと接触したくらいで、あんなに強い衝撃を感じるはずがない。
彼女が『たまたま』私の傍にいて、私が事故から運よく無傷で生還し、その後その私と『たまたま』目が合い、『たまたま』その瞬間走り出した―――なんてそんな馬鹿なこと、あるはずがない。
彼女が私を突き落とし、その一部始終を見届けようと遠巻きに見ていた。しかし、私と目が合い―――犯行がばれたと思いこみ、逃げ出した。……こっちの方がつじつまは合う。
 
……1つだけ気になるのは、どうしてすぐに逃げなかったのかということだが。
私を殺したいくらい憎んでいるのなら、実行した後すぐに逃げてしまえばいい。わざわざ―――私と目が合ってからまずいとばかりに逃走する必要なんてない。
私が死ぬことを確認したかったのか、それとも―――他に何か逃げられない理由があったのか。
あの場所は私の事故で混乱していた。一人くらい道なりに逆走して逃げたところで咎められはしないだろう。それどころではないのだから、気にとめられることすらないに違いない。つまり、この子は逃げられた。逃げられたのにそうしなかった。
……やはり、私が死ぬことをこの目で見たかった?……そうとう悪趣味ね。残念ながら、女神たる私は死なないけどね。死の恐怖だってないわ。だって女神だもの。
……え、怖がっていたじゃないかって?何のことよ?気のせいでしょ?女神が死に怯えるはずないじゃない……ふん。
 
「……あ、……い……う……そ、れは……その……」
「謝罪より先に答えなさい。……あんたなんでしょ?」
言い訳なんてさせない。
女神の前で言い訳なんて許さない。
真実をあんたの口から―――話してもらうわ。
 
少女は、震える。
まるで私が狼で、自分がウサギでもあるかのように。
小動物のようにちぢみあがり―――荒く呼吸をするだけだ。
……何よ。被害者ぶってんじゃないわよ。死にかけたのはこっちなのよ!?
かあ、と頭に血が上りかける。私は女神なのだから、こんな女に怒っては―――
「……ちゃんと言いなさい!」
びくん、と肩が揺れる。彼女の瞳には涙が溜まっている。
思わずはっとして、周囲を見渡す。
人の姿がないことに安堵した。
この光景は他の人間が見たら―――どう思うかくらい、分かっている。
それでも、けじめくらいはつける。それまでは、いくら女神といえども容赦はしない。神は基本的に慈悲深い存在だが―――裁きだってする。
「る、留衣、そんなにきつく言わなくても、ほら留衣の見間違いとか、誤解って可能性もあるし、和香はそんな」
「あんたは黙ってて!」
この場に及んでまで甘い(というか、ただの状況判断のできていない大馬鹿だ)馬鹿を怒鳴りつけると、途端に大人しくなった。何か言いたげに口をぱくぱくしているが―――それでも声は出さなかった。
……ふん、普段からそうしていればいいのよ。どうして私の前だとあんなに話すのかしら。知ってるわよ、確かに馬鹿は普段から騒がしいけれど、私の前だと更に2倍は多弁になるってこともね。
……騒がしいったら、ありゃしない。
 
「どうして?」
私は彼女に問う。
初めは、私が憎いんだと、そう思っていた。
あの手紙を見るだけでも、相手が自分に対して憎しみ(という名の身分不相応の嫉妬)を抱いているのはすぐに分かる。
私は今までそんな女を腐るほど見てきた。その全てが私にどうあがいても勝つことなどできない人間の女がただわめいているだけ、それだけだった。
しかし―――彼女の様子は、どこかおかしい。
私に対しての殺意が感じられない。憎しみの念というものも伝わってこない。ひたすら謝り続け、仕方なかったんです、ごめんなさいと繰り返すだけ。私の女神としてのカリスマにあてられた……という感じでもない。
じゃあ、どうして?
この女は、どうして私を殺そうとなんて……?
誰かに頼まれて、とかかしら。私の美しさを妬む女にたぶらかされて、とか。こんなに気が弱そうな女ならありえる話ね。い
ともかくも、もっと詳しい話を聞きましょう。どうにか罰を与えるにしても、事情を知らないとどうにもならないわ。いかにもパシられそうなタイプだし。
私はただ理不尽に暴力をふるう乱暴者じゃないのよ、だって女神だもの。
「……わ、かりません」
少女は、涙を零しながら、わずかに首を振った。
その問いは私の予想を大きく上回っていた。
……分からない、ですって?
「……は?」
「わ、わかりません。私も……どうしてこんな気持ちになったのか……」
分かりません、と言われても。
困ってしまう。
私は確かに女神だけど―――読唇術を使えるわけじゃないわ。
あんたが知らないことを私が知るはずないでしょう。
「……留衣さんを見ていると、変なんです。私。頬が熱くなって―――胸が苦しくなって―――私は私を誰よりも愛しているはずだったのに―――毎日毎日、留衣さんのことばかり考えてしまって―――このままじゃ、私は私を嫌いになりそうで、だから―――留衣さんがいなくなれば―――私も元通りになれるって―――!」
女は、そう言うとそのままぐすぐすと泣き始めた。
……泣けば許されるわけじゃないでしょ!?
だいたい、意味が分からない。自分が嫌いになりそうだから私がいなければいい?理解できないわ。
私は神であって、あんたは人間なんだから、私はあんたにいい影響こそ与えど不幸なんて運びやしない。それは神は神でも死神だわ。
何かを誤解しているのか、この子の妄想なのか―――
「……え、ちょ、ちょっと、待って、え?」
すると、話をさっきから困ったように聞いていた馬鹿が、突然割り込んできた。大人しくなったと思ったのにまたこれか。うんざりする。
何か言いたげに口をぱくぱくさせている。ついでに頬まで染めている。マジで、などと繰り返している。何か言いたいことがあるなら早く言え。
こういうときに限って言葉に迷うなよ。いつも黙らせても黙らない癖に。馬鹿かこいつは。馬鹿だけど。
「どうして……どうしてこんな気持ちになるのか分かりません……どうしてか分からないけど……胸が痛くて、苦しくて、そして―――留衣さんを殺さなきゃいけない気がして―――でも、やっぱり怖くて。苦しくて。それで―――」
少女は、今度は、―――頬を染めた。
泣きながら、しかし何かに見惚れるように、うっとりとして。
 
そして、その時空気を読まない一言を、―――馬鹿が漏らした。
何故か少し照れていた。理由なんてどうでもいい。
この馬鹿が何を考えていようと、私にはどうでもいい。
「つまり―――えっ、―――リアル百合?」
「……!」
彼女はその言葉を聞いた瞬間、茹でダコのように真っ赤になって一歩後ろに下がってしまう。
……百合?
植物のこと―――とは到底思えない。
「……百合って、何?」
私が知らなくて馬鹿が知っている言葉だというのは屈辱だが、どうせオタク用語なんだろう。馬鹿が大抵意味不明な話をしているときはマニアックなアニメかゲームの話だと相場が決まっているからだ。この少女にも分かるのは少し意外だったが。
「……まあ、簡単にいえば―――レズってこと?……うお、リアルマリみてktkr?ボーイズラブだけは駄目だが百合は無問題、むしろ大歓迎なんだけど……しかし、留衣がタチなのかネコなのか、それが問題だ……俺は留衣はカップリング的にも動物的にもネコがいいと思うんだがどうだろうか。猫耳猫しっぽ(もちろん黒)の留衣……やべえ萌える!留衣可愛い!留衣最高!留衣蕩れ!ああ畜生あらゆる意味でネコっぽい留衣とにゃんにゃんしてえよおこんちくしょう……」
後ろの方の余計な語りは置いておくとして。(卑猥なことを言われているのは分かったのであとで締めるが)
レズ。レズビアン。―――同性愛者。
ああ―――なるほど。
ピンと来た。笑えるくらいあっさりと―――理解した。
……違うわよ。気付いていなかったわけじゃないわ。なんとなく感づいてはいたけど、ただ確信がなかっただけで、馬鹿に言われて理解したとかそういうことじゃ断じてないのだから。
 
なんだ。
なんだ、そういう、ことか。
 
この少女は―――私のことを、愛しているってことなのね?
 
なんだ。もっと複雑なことかと思っていたわ。
女神たる私を妬んでいるとか、憎んでいるとか、忌々しく思っているとか、そういう負の感情だったら、さていかに裁きいかに慕わせようか、そう思っていたのだけれど。
そんなの、簡単じゃない。
それなら全て、この女神たる私が、教えてあげる。
彼女が『どうして』そんな気持ちになるか、をね。
普通の人間には―――いきなりは理解でしょうしね。
「仕方ないわ」
私は、可能な限り優しい声を出した。
「……え?」
少女は、涙にぬれた顔を、ほんのわずかに上げる。
そんなに顔を下げる必要などないわ。むしろ、やめなさい。
貴方は今―――女神の前にいるのだから。
「貴方が、私を愛してしまうのは仕方ないことよ」
笑顔で、応える。
だって、それは―――
「だって―――私は女神だもの」
全ての生物の頂点に立ち。
ありとあらゆる能力に優れ。
どんな魑魅魍魎よりも美しく麗しい。
それがこの私―――都山留衣という『神』なのだから。
「人は美しいものに惹かれてしまう性。だから貴方が私に狂おしいぐらい惹かれ―――自分を保てないくらいに心乱されてしまったのなら、それは貴方の責任ではないの。……私が、女神だからいけないのよ」
芸術家がヴィーナスを愛するように。
働き蜂が女王蜂を愛するように。
S極とM極が引かれ合うように。
私を全ての人間が愛し、妬み、―――敬意を払うのも、当然のこと!
そこに理由も、きっかけも存在なんかしない。ただ、本能で理解するのよ。
 
私に出会ったから、彼女は恋に迷ってしまった。
私という罪深き女神に出会ってしまったから―――そこには性別など関係ない。ただ、女神という事実だけが真実。
 
「貴方は貴方という人間を誰よりも愛したかった。だから、その邪魔をする私のこの美しさに惹かれ、憎んだ。それはよく分かったわ」
「……」
少女は俯き、言葉を発しようとはしなかった。
不思議ね。……先ほどは柄にもなく苛立ってしまったけれど、こんな姿を見ていると、可愛く思えてくるわ。
だって、彼女は、私の情けをかけるべき、力のないか弱き人間なんだから。
 
でも、その理論は間違っている。
私の美しさを憎む気持ちは分かるけど―――手段は、誤っているの。
それを私が、教えてあげましょう。
「でもね、それは違うわ」
「……え!?」
少女の眉が、上がる。
その様子は、こんな状態であっても―――自分への愛情を求めているように見えた。
ああ、なんて可哀想な人間だろうか。
私の存在に心かき乱されるのは当然とはいえ―――それで、自分すら保てなくなるなんて。
でも、もう大丈夫よ。
この子は、もう……迷うはずもないの。
なぜなら。
「……だって、私は人間じゃないから。」
この子の葛藤は、自分という『人間』を自分が一番に愛せなかったから、でしょう?
なら、なんの問題もないじゃない。
「貴方は―――私を一番に愛したって、問題なんてないのよ」
だって、私は『女神』。私を好きになったとしても、彼女が『人間』で一番愛している人間に変わりはない!
彼女はあいも変わらず――――『自分』という人を一番好きでいられる。そうでしょう?
 
「もちろん―――だからと言って、貴方はやってはいけないことをした。その事実は変わらない」
びくり、と少女の体が震えた。
しかし思ったほど暗い顔はしておらず、むしろどこか決意すら見て取れた。
「……分かってます。ちゃんと、警察に―――」
実は意思は強いのかもしれない。……嫌いではなかった。
「警察?そんなものいらないわ。……だって、貴方の罪は、もう許されたもの」
たっぷりと、時間をかけて。
困惑した表情のままの彼女に言い聞かせるように、もう一度。
彼女に向けるのは、怒りではなく―――女神にふさわしき、絶対の笑み!
「貴方の罪は―――たった今、私という神によって許されたのよ」
キリスト?仏陀?ムハンマド?日本の八百万の神?
そんな胡散臭い連中よりも、貴方には、祈るべき神がいるでしょう。
空を仰ぐ必要もなく、海に潜る必要もなく、どことも知らぬ遠いへき地に祈りをささげる必要もない!
ただ、ただひたすらに信じて、女神と名を呼べばいいだけ。
そう、ここにいる―――現代の女神・都山留衣をね!
 
「だから、許してあげる」
「……で、でも、私は、留衣さんをこ―――」
「何言ってるのよ。……私を、誰だと思ってるの?
自分のことを殺そうとした少女を、許してあげる。
それってとっても―――女神らしいことだと思わない?
それでこそ、私は、都山留衣は、―――神でしょう?
 
彼女は、しばらく茫然としていた。
無言で下を向き―――そして―――謝った。
「……っ……うっ……ううっ……う、ほ、ほめんなひゃい……わ、わたひ……」
今度の謝罪は今までとは違う、そう思った。
前までの謝罪は、自分の罪に対してのもの。
今回の謝罪は―――神に許してもらえたことへの、感謝だ。
その証拠に彼女は―――私に縋りついて泣きだしたのだから。
「……いいのよ。許してあげるわ、全部」
女神、だものね。
「……っ、……留衣さんっ!お姉さまと呼ばせてくださいっ!」
少女は―――いや、彼女は私を女神と認めたのだから、名前で呼んでやるべきだろう―――和香は、瞳に涙をにじませて、私に抱きついてきた。
ふふん、意外に元気、あるじゃない。悶々としてたのかしら。こっちの方がずっと素敵よ。
でも、その呼び方は少し気に入らないわね。
「駄目よ、女神様と呼びなさい。貴方も私の美しさと偉大さを理解したのなら、当然でしょ」
「分かりました、女神様っ!女神様が在野先輩のことが好きでも私―――女神様のこと諦めませんっ!」
これで一安心、か。
もうこの子も、迷うことはないだろう。
私という女神が、この子の指針になってやるのだから、当然か。
……何か最後に妙なことを言われた気がするが、許容するか。
 
「……あるぇー?俺、何のためにここに来たんだっけ?なんで留衣俺連れて行ったの?てか何この2人の世界??俺必要ないどころかむしろ邪魔じゃね?俺の存在意義って何?咲世界の京ちゃんみたいな感じ?こう、主人公と仲間たちを引き合わせるためには必要だったけどそれ以降は別に必要なくて欄外で好みでもなんでもないつるぺたロリッ子とラブコメさせられる担当ってこと?いやくぎゅうううボイスのタコスは好きだけどさあ、俺も個人的にはのどっちと戯れたいよ?
……あのさあ和香、ねえ、常に留衣の隣にいた俺には何とも思わなかったわけ?たとえばさあ、かっこいいなあとかイケメンだなあとか胸キュンしちゃうとか素敵だなあとか抱かれてみたいとかめちゃくちゃにしてほしいとか結婚してほしいとか」
「だって先輩、男として全く魅力ないじゃないですか」
「うわあああああああああああああはっきり言われたああああああ!何その『この子は実はツンデレなんだなww』的な妄想すら許さない拒絶と同時に俺の精神にこうかはばつぐんだ!な拒絶は!お前はそんな子だったのか和香あっ!名前がのどっちだからそんなオカルトありえません!といつか言ってくれると信じていた俺が馬鹿ですかそうですか!もういい死ね!リア充死ね☆リア充死ね☆爆発しろ!この世界からリア充とイケメンが全ていなくなれば今の俺のこの悲しみもなかったことになるうううううあああああ!」
余計なことを言っている馬鹿は、無視することにした。
 
 
「あのさ、留衣」
今日は女神様の家に泊まりたいとごねた和香(何故か貞操の危機を感じた)をはねのけた帰り道、馬鹿がぽつりと思い出したように呟いた。
意外なことに、いつもよりずっと落ち着いた声だった。
既に空は闇に包まれている。もちろん女神たる私が危険な目にあってはいけないので、この馬鹿には盾代わりにするために家に送らせてやっている。ありがたく思いなさい。
……せっかく付き合ってやっているのに、これでくだらないことを話したら、ぶん殴ってやろうかしらね。
「……何よ」
「いや、別に大したことじゃないんだけどさー……なんで、今回さ、留衣、あんなに怒ってたの?」
……はあ?
こいつは何を言っているんだ?
私がいつ、怒っていたというんだ。私はいつだって、冷静だ。女神は常に、皆に平等で、平静である必要があるでしょう。
「……今回、って何よ?」
「今回だよ。和香の手紙の時。いつもの留衣らしくないなあ、って」
「……は?」
らしくない?私は、いつも神らしくふるまっているだろう。
この馬鹿は何を言いたいのか、さっぱり理解できない。
手紙の時―――あの玄関でのことだろうか?
「いや、だからさ、いつもの留衣だったらさ、『こんなの低俗な悪戯だ、女神の私に嫉妬しているだけに違いない。気にするだけ無駄だ』とか言いそうなのに、今回嫌にムキになってたというか……本気で怒ってたというか……」
……まさか。
この馬鹿に、そんなことを言われるとは思わなかった。
ひどく癪だが―――確かに、冷静に考えてみれば、私はどうかしていたかもしれない。
何故私はあんなに腹を立てていたんだろう。所詮、ただの人間の悪趣味な悪戯にすぎなかったのに。いつもだったら一笑に付し、その場で破り捨て、何事もなかったように帰宅するはずだ。
どうにも冷静を欠いていたような気がする。女神とて時には感情をむき出しにしても問題はないと思うが、やはり可能な限り平静に対処すべきだったかもしれない。私は人間に慈悲を与える存在でなければならないのだから。
馬鹿に言われずとも、その通りだ。私が間違っているとは思わないが、もう少し改善する余地はあるのかもしれない。
言っておくが、こいつに言われたから気付いたわけではない。神たる私は、当然自分で気づき、自分で対策を練っているのだ。ただ、今まではわざわざ口に出していなかっただけなのだ。断じて、馬鹿のおかげなどではない。
だいたい、私は(許したとはいえ)今回死にかけたのだ。こうなったのはそもそも―――
 
あの手紙をもらう前、図書館にいて―――
そこで、あの馬鹿が、和香と話したりなんてするから―――
それで、普段より気が立っていて、それで―――
 
……ん?
私は、あまりに突拍子のない自分の思考に首を捻った。
…………いやいや、待て待て、その理」屈はおかしい。あいつが誰と話そうと知ったことではない。好きにすればいい。
今の私の考えはどうかしていた。だって、今のじゃ、まるで。
 
まるで―――私が馬鹿が和香と話していたことに嫉妬しているみたいじゃないか。
 
どくん、と心臓が嫌な音を立てて波打った。
指先がじんわりと湿り、―――体温が上がっていく。
……ば、馬鹿な!私が、この女神の私が、和香に嫉妬!?馬鹿が他の女の子と話すことに―――嫉妬だって?
……ありえない。ありえないありえない。却下。否定。全否定!だいたいこの馬鹿は人間ですらない、五月の蠅以下の騒がしい粗大ゴミ。女神たる私があんな奴に嫉妬?どんな笑い話だ。ありえない、認めない。
 
……つい、だ。つい頭に血が上ってしまっただけだ。こんなときもある。
私の才能や容貌に関しては、女神なのでこれ以上どうしようもないが、精神はまだまだ鍛えられる。
いくら私が全ての人間に慈悲を与えるべき存在とは言え―――たまには、たまにはこういうときもある。確かに、神たる私は全知全能だ。しかし、いつだってその能力が100%発揮されるわけではない。そんなものだ。
私が悪いわけではない。あんなことを言いだした和香が悪いのだ。もっとも、和香は私を女神と認めてくれているし、私は心優しいので許してやるが。
 
だから。
そんなことは、ありえない。
―――留衣さんが在野先輩のことが好きでも私―――留衣先輩のこと諦めませんっ!
あの子も、妙なことを言ってくれたものだ。
私があの馬鹿を―――好きだなんて。
どうして、そんなことを思ったのやら。
あの馬鹿は、私より下の存在である人間より更に下、最下層の大馬鹿で。
私にはふさわしくない、どうしようもない五月蠅い蠅で。
だから、だから。
 
―――留衣が……無事でよかった。
 
そこで、あいつを思い出したのは。
ただ、ただ、珍しく、下僕にしてはいい働きをしたじゃない、なんて、そう思っただけで。
……轢かれそうになった瞬間、あいつのことを考えたのは、―――あいつが、下僕だからであって。
私が、この女神たる私が―――あんな蠅のことを好きだなんて。
「……馬鹿じゃないの」
そんな―――
 
「……いったああ!留衣何で!?なんで蹴ったの!?俺余計なことは何も言ってないよ!?それともあれ、存在が余計だってか!?それはひどい、ひどすぎるよ留衣!?俺は穴を掘って埋まってますう~とか言ってドリルで穴掘って埋まっていろと!?いやまあゆきぽと一緒なら喜んで埋まるけどさ、でもさすがにそれは酷いと思うんだ!?」
「……知らないわよ」
 
そんな夢みたいなことは―――ありえないのだから。
 

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