短めの一次&二次創作を思いついた時に更新します。本館はプロフィール参照です。
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☆番外編です。水口兄弟の昔の話。
☆ネタばれはないです。
よければどうぞー。
番外編 ~Dear fool and kind Brother~
兄弟のどちらかがしっかりしていると、もう一人はだらしなくなる、とはよく言ったものだ、と僕は思う。
どんな本にでも乗っている典型的な言い回しではあるが、しかし的を射ている。
ツバメが低く空を飛ぶと雨が降るだとか、一見荒唐無稽な作り話に思えても、実は科学的に正しいと言える、なんてことはたくさんある。
だから、おそらくは。
その言葉をきっと、僕は身を持って実証しているに違いないのである。
※
「トモー!トモトモトモお!聞いてくれよ!」
がたがたと、騒がしい音が一階から聞こえてきたと僕が気づいてからわずか数秒、僕の部屋のドアが盛大な音とともに開けられた。
……壁に傷がつきそうだから、やめてほしい。なんて言ったところで兄さんがしおらしくなるとも思えないが。
「……」
「なあトモ!あのさ、俺さ―――!……って、あれ、トモ、勉強中?」
そして、入ってきてから数秒ののち、気がついたらしい。
……ずっと机に座って何か書いていたら普通そうだろう。兄さんには僕が漫画でも書いているように見えるのだろうか。兄さんじゃあるまいし。
根本的な問題点を言うなら、いくら家族の部屋であってもノックくらいは必須だと思うのだが。
「うん」
「あ、悪い悪い。邪魔するつもりじゃなかったんだけど―――」
ぱちん、と両手を合わせあまり悪びれた様子もなく謝罪する。
彼の名前は水口在野。
僕より1つ年上なのに、僕より成績も悪く落ち着きもない―――僕の実の兄だ。
僕たちは全く似ていない。見た目は兄弟だと分かる程度には似ているらしいが、性格は正反対だ。
兄さんはもっと幼いころからいわゆる『健康優良児』で、それこそ元気なことと体力が有り余ってることが唯一且つ絶対の長所だった。通知表にもそう書かれていた。勉強が嫌いで、宿題もせず友達と遊んでばかり、落ち着きがなく先生に怒られてばかり。それでもまったく懲りる気配もなく、いつも馬鹿な話をしながらへらへらと笑っている、それが兄さんだ。
反対に僕は、成績は優秀なつもりだ。そこらへんの大人よりは賢いと言う自負はある。通っている学校もわざわざ受験して合格したし、その学校でも成績は上位だ。……その代わりに、僕は少々喘息気味で、体調を崩しやすい体質なのだ。日射病にもなるので、あまり長い間外にいるのも苦痛に感じる。試験前に頭痛が収まらないのだけはさすがに勘弁してほしいところだ。
例えるなら、陽と陰―――と思ったが、兄さんにそんな格好いい言葉はふさわしくない、やめておこう。
まあ、いくら昔から陽気な性格とは言え、もう中学生になったのだから、もう少しくらい落ち着いて欲しい、と思うのは決して僕の我儘ではないと、思う。
「もし邪魔だったら部屋に戻るけど……」
そして、突然気を使い始める兄さん。空気を読むなら最初の段階で空気を呼んで欲しいものだが、まあ兄さんならこんなものだろう。
「いや、いいよ別に。今言って。後でわざわざ声をかけに行く方が面倒臭いよ」
僕は宿題中なんだ、と付け加える。話なら早く終わらせたい。
途端、兄さんが見る見るうちに嫌なものをみる目つきになった。
「……宿題?え、何の?」
いや、なんのって、そんな。
1つを除いて何があるのか、僕には皆目見当もつかない。
「夏休みの課題に決まっているじゃないか。僕のは難関私立中の試験問題10年分だよ?こつこつやらないと終わらないからね。兄さんだってあるだろ?宿題」
僕は受験生だから当然として、いくら兄さんが公立中学に通っているとはいえ、宿題が出ていないなんてことはないだろう。
そしてそれは、やはり図星だったようだ。
「いやいやいや、あるけどさ、あるけどさ!今何月だと思ってるトモ!?7月20日だよ!?今日から夏休みなんだよ!?まだあと一か月もあるんだよ!?早すぎるだろ!」
「そんなこと言ってるからいつも僕に皺寄せが来るんじゃないか、今年は手伝わないよ。僕は受験なんだ」
「うっ……」
兄さんが言葉に詰まる。僕だって決して暇ではない。むしろ兄さんの倍の宿題があり、学習塾にも行っているのだ、僕の方が急がしいくらいだ。
それでもまあ僕の方が要領がいいから、手伝う羽目にはなるのだが。
「兄さんもコツコツやればいいだろ。そうしたらすぐ終わる」
至って正論だ。僕の意見を間違っていると言う大人はいないだろう。当然のことだから、無理もないが。
「いやいやいや、トモ、終わらないから言ってるんであって……」
突然言い訳じみたことを言いだした兄さん。……情けない。これでも僕より年上なのか。一度僕より宿題を早く終わらせて自慢するくらいはしてほしいくらいだ。
「じゃあ兄さんは早い段階から宿題やり始めたこと、ある?やったこともないのにできないなんて逃げだよ」
「ぐはあっ!……痛い、言葉が痛すぎるよトモ……事実だからこそ余計にな……」
殴ってもいないのに突然胸を抑えて涙目でうめき始めた兄さんは放っておいて、僕は溜息をつきながら英単語帳に目を落とす。
……そういえば兄さんは、何でここにやってきたのだろう。いまだに聞いていなかった。兄さんと話すとすぐに脱線するからな……。
「……で、兄さん。ここに来た本来の目的は何?」
このままだと何時間も居座られそうだったので、自ら話題を元に戻す。視線は英単語帳に向けたままだ。ええとstatistics……は、統計で良かっただろうか。
ここで話していいとは言ったが、余計なことまでべらべらと話されては勉強の邪魔になる。
「……え?…………ああ、そうだ、忘れてた!」
言葉と同様の表情をする兄に、言って良かったと僕は心からそう思った。
まあ、兄さんのことだ、どうせ大した話じゃ―――
「そう……それがさ!俺、今日帰ってきたテストで今までで一番いい成績とれた!」
だから、僕は少しだけ驚いた。
兄さんの口から、テストなんて真面目な単語が出るだなんて。思わず顔を上げる。
新しい漫画を買っただとか、アニメを見ただとか、ゲームをしただとか、そういうことだとばかり思っていた。
……何があったかは知らないが、兄さんもまともなことくらいは言うのか。
「へえ、何点くらい?80くらい?」
普通なら中一レベルなんて満点で当然と言いたいところだが、兄さんならこれくらいが関の山だろう。兄さんは勉強が得意ではないことは僕が良く知っている。
「そんなに行くわけないだろ!聞いて驚け、50だ!」
しかし兄さんの口から出た数字は、僕の(かなりレベルを下げた)予想より更に下回っていた。
……僕の学校ならクラスで最下位間違いなしだな。というか、僕がそんな点を取ったら僕自身も母さんも発狂しそうだ。そういう意味では確かに驚いた。
―――とはもちろん、にこにこ笑顔の兄さんには言わないけれど。言ったらそんなこと言うなんて傷ついただとか言いだし再び騒がしくなるのは目に見えている。
「でも、これもトモのおかげだっ!本当に、本当にありがとう、トモ!」
「大袈裟だな、兄さんは。少し解き方のコツを話しただけで、問題は教えてないよ」
「それがあったから解けたんだよ!トモがいなかったらそもそも俺は問題の意味すら分かってなかったし!」
第1、 中学一年生が小学六年生に問題を聞くことが間違っている気がするのだが、まあ
兄さんだから仕方ないか。
僕が通っているのが中学受験を目指すエリート小学生が集う私立小学校で、兄さんは誰でもいける公立中というのもあるかもしれないが。
学校が違えば、人間のレベルや成績の伸びも格段に違う。
「ありがとう、やっぱりお前は俺の最高の弟だぜ、トモっ!」
ぐい、と。
兄さんが背中から、僕を抱きすくめる。
「……兄さん、熱い」
ついでに汗臭い。学校から帰ってきたばかりなのは分かるが、せめて人の部屋に乗り込むならシャワーくらい浴びてほしいものだ。
……ああ、そうか。
そして、同時に僕は気付いてしまった。
どうして、兄さんがこんなに汗をかいているのか。
そして、汗を流すこともなく僕の部屋へとやってきたのか。
兄さんは―――わざわざ、僕に一刻も早くお礼を言いたい、それだけの理由でわざわざ猛ダッシュで家に帰ってきたのだろう。
……どうしてそんなに無駄なことに体力を使う必要があるんだろう。僕にはまねできない。したいとも思わないが。
「ごめんごめん。お詫びにアイスでも奢ってやるよ。何味がいい?」
「いや、そういうことじゃなくて―――」
僕が言いたいのは冷たいものを食べたいってことじゃなくて、兄さんに離れてほしいということなのだが―――なんだか疲れたので、言うのをやめた。
「何だ、希望ないのか?ないなら適当に買ってくるけど」
「何でもいいよ」
あまり食欲もないが、何か口に入れた方が勉強ははかどるだろう。
「分かった。じゃあ、新発売のガ○ガ○君オレンジ味でも買ってくるよ。俺はグレープにするけど、もし俺の奴の方が良かったら別に変えてもいいから」
「変えないよ、そんなもの」
別に味にこだわりなんてない。それ以前に、味が分かるほど食べたことがない。
……全く。
兄さんは、手がかかる。
僕の方が弟だなんて、見た目はともかく会話だけ聞いていれば誰もわからないに違いない。
ああ、そうだ。
いつだって兄さんはそうなんだ。
僕が勉強している時でも、空気も読まず部屋に乱入してきて、漫画がどうのゲームがどうの友達がどうのという話ばかり。
そのくせ自分が宿題に追われると僕に土下座して手伝ってくれと頼み込みにくる。
全く騒がしくて手のかかる、尊敬なんてとうていできそうにない兄だ。
けれど。
「買ってきたぜ!よし、食おうぜトモ。これむっちゃ美味しいからさ!」
兄さんは、アイスクリームを片手に、にこにこと笑う。
僕は頼んじゃいないのに。
誰も、食べたいだなんて、兄さんにおごってほしいだなんて一言も言っていないのに。
勝手に先走って、勝手に失敗して、勝手に怪我をして―――そして、それでも勝手に僕に優しくしてくれる。
そりゃ、確かに勉強中に騒がれたら苛立ちはするし、正直放っておいてほしい時はある。体調が悪いときなら尚更だ。
でも、そんなときだって、―――結局のところ看病してくれたのは、兄さんか。
そう、母さんじゃなくて―――
ああ、―――こんなこと今更すぎて、絶対に口に出しもしないが。
僕は、そんな騒がしくて役立たずで、でもお人好しな兄さんのこと、嫌いじゃない。
「……兄さんって」
「ん?」
「本当に……馬鹿だよね」
「ちょ、弟に言われると友達からいわれるのではダメージ違うんだけど!何トモ、俺は今までおまえは俺を尊敬しているものだと思いこんでいたのに違ったのか!?こう、愛しの兄様!みたいなそんな光景が……」
「尊……敬………………ねえ…………」
「ごめんなさい。本当ごめんなさい、だからトモそんな『おまえ馬鹿なの?死ぬの?』みたいな視線を向けないで!」
まあ、仕方ないのだろう。
どちらかがしっかりしていれば、どちらかが駄目人間になる。
それが真理なら―――しっかりしている方がちゃんと指導すればいい話だ。
それが兄だと言うのがどことなく腑に落ちないが、でも、僕は兄さんをほっぽり出すほど最低な男じゃない。
確かに、昔は兄さんの不出来を恨んだこともあった。どうして僕だけが勉強しなければならないのかと妬んだこともあった。けれど―――でも、兄さんは『無能』じゃない。今ならそれが、分かる。
頭は悪いかもしれない。やる気もなく、いつも遊んでいるだけにも思えるけれど―――兄さんには、僕にないものがあるような、そんな気がするのだ。
だからといってどこが?と聞かれるとうまく答えられない。漠然としたものでしかないが―――いつか、いつかこれが分かるようになるような、そんな気がする。
その時、僕は兄さんのことを、『尊敬』できるようになるのだろうか。
それに、(頼んでいないとはいえ)何度も兄さんには助けてもらったりご飯を作ってもらったりしている。兄さんに助けられておいて無視するなんて、僕のプライドが許さない。
……それだけだ。だから別に、楽しんでいるわけじゃない。
学校も違い生活リズムも違う僕と兄さんが、こうやって会話を交わせるこの時間が楽しい、なんていうつもりはないけれど。
……まあ、たまには悪くないかな、と。
僕は兄さんの買ってきたアイスを舐めながらそう思った。
あとがき
本当はもうちょっと進んでからあげたかったんですが、どうしても今日あげたかった。理由はこの後あげる話にあります、はい。
プロローグ②のトモ君とは思えない反応なわけですが、彼らの複雑な兄弟関係についてはこれからぎりぎりと語られていく予定です。
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