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短めの一次&二次創作を思いついた時に更新します。本館はプロフィール参照です。
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プロローグ②


 
 
弟と兄・1
 
『私にも兄弟が欲しかった』
時々聞こえてくる、そんな他愛もない会話。
主に兄弟姉妹のいない人間がつぶやくそれは―――兄弟姉妹がいる人間からすればただの笑い話だ。
そして、それは僕にとっても同意だった。
曰く、いたって何の役にも立たない。自分の行動を阻害するだけで、兄らしい姉らしい弟らしい妹らしい面などほとんど持ち合わせていない。
僕はただ『目上のものにとりあえず反抗してみました』とでも言い出しかねない馬鹿な同級生とは違い、両親には敬意を抱いている。少々多忙で一年に数度しか家に帰ってこないが、それでも仕事を真面目にこなしている姿は尊敬にすら値する。
そう、我が家は完璧で優秀な家庭であるはずなのだ。
だから、もし僕が誰かに『家族を取り換えられるなら誰を取り換えるか』と聞かれたら、僕は迷わず答えるだろう。
 
―――出来の悪い兄、と。
 
 
「おう、おはようトモ。今日はいつもより早いんだな。低血圧なのに珍しい。体調は大丈夫か?見た感じは平気そうだけどお前体弱いしなあ、あ、そうだ朝ごはんで何か食べたいものとかあるか?とりあえず俺は今から目玉焼きと味噌汁くらいは作ろうと思ってたけど、トモがいるならお前の分もまとめて作るよ」
どうして、いるんだろう。
僕はいつもより早く目覚めて、どこか爽快な気分で一階まで下りてきて―――うんざりした。
今日こそ兄と顔を会わせずに学校に行けると思ったのに―――兄はこんな時まで早起きだ。
朝が訪れると同時にケコケコと騒がしく鳴き叫ぶ鶏と同類だ。そうでなければ、こんなに騒がしいはずがない。
「……」
兄さんは朝からいつものテンションで、俺に笑顔で話しかけてくる。
その顔を見るだけで、朝から気分が憂鬱になる。ぴきり、と頬が引きつる感覚がある。
思えば僕は、機嫌の悪い兄や落ち込んだ兄の姿を見たことがなかった。なんて能天気なんだろうか、兄さんは。兄さんだから仕方ないのかもしれないが。
「あ、ってもさすがに本格的なものは無理だけどな?イタリア料理がいいとか中華がいいとかそういうのは勘弁してくれよ。いやできることはできるよ?だけどもう時間もないし、俺そんなの作ってたら遅刻しちゃうし!ん、でも待て、パスタくらいならいけるか?よし、多分麺類くらいなら何とかなるから言ってもらって―――」
「いらない」
僕の口から吐き出されたのは、冷たい言葉。
一蹴し、兄さんに冷ややかな視線を向ける。
「いつもいらないって、言ってるだろ」
兄さんは、ちっとも学習しない。
僕は兄さんの作ったものなど食べたくなどないと拒絶しているのに―――それでも毎日僕にわざわざ『それ』を聞いてくる。
別にぼけているという訳ではなく、単に確認を取りたいだけだろうが―――苛立つ。
僕が兄さんとかかわりあいを持ちたがっていないことくらい分かるだろうに。
もう、兄さんと会話を交わすことさえ―――僕は嫌だと言うのに。
「……行ってくる」
突き放すようにそれだけ言って、リビングを出る。後ろから兄さんがそうか気をつけろよ、最近不審者が出てるらしいからな、男だから安全なんて言いきれないぞ、などと訳の分からないことを口にしていたが、全て無視して、玄関を出た。
どうせ―――兄さんの言葉なんて、くだらない戯言なんだから。
そこに意味なんてない。価値もない。ただの、馬鹿なゴミみたいなものなのだ。
 
 
僕の兄さん―――水口在野―――には、一つも誇れるところがない。
少なくとも僕―――水口在朝(ありとも)―――は、そう思っている。
常に騒がしく空気も読めず、成績も悪い。格好だってだらしないし、頭だって馬鹿みたいに茶色に染めている。学校でもふざけては先生に叱られている。弟として恥ずかしい。弟だと認めるのすら本当は屈辱だ。
したくないことはしようともせず、休みの日にすることと言えばゲームをするかテレビをみるか友人とカラオケで馬鹿騒ぎするかしかない。
下品な話や何の意味もなく面白くもない話ばかりをし、自分にとっても周囲にとっても真に有益な行動を起こそうともしない。
紛れもない、僕の理想の人間像とはかけ離れた駄目人間だ。
優秀な成績を収め、素行も極めて真面目、そこらの駄目な大人よりよほど洞察力も常識もあると自負している僕より劣っていることは確定的に明らかなのだ。
 
だから、僕が兄さんのやることなすこと全てが気に障るようになったのは、必然だったのだろう。
兄として誇れるどころか―――弟に及ぶことすらできない落ちこぼれの兄、どうしてそこに憧憬を感じることができるだろうか。
それとも、弟として兄に自分の見本であってほしいと思うことが間違っているとでも言うのだろうか?そんなことは決して言いきることはできないはずだ。
たいていどの家庭でも―――弟が兄を見て育つのは必然だろう?
そう、僕は兄さんに期待し、失望した。
昔はそれなりに仲が良かったはずなのに、中学生になるころには気づいたら僕はこうなっていた。
昔の僕は気付いていなかったんだ、兄さんが駄目人間なのだということに。
はっきりとそのことが分かった今、僕の兄さんへのこの態度も極めて当然のことだと言えるだろう。

兄さんは、どうしようもない役立たずだ。
それは―――きっと、世界の真理。
 
 
外に出て、学校へと向かうため歩き出す。
兄さんのことなんてもう、考えないようにする。
太陽が照りつけ、鬱陶しい。
―――太陽は、嫌いだった。
僕を『侮辱しているかのように』、『上から真っすぐに照らしてくるから』。
できるだけ光を見ないようにしながら、少しばかり進んだところで、
「……っ」
くらり、と眩暈がした。突然日に当たったからか、それとも低血圧が原因か。
思わず頭を右手で抑える。
さすがに倒れこむと言うことはないが―――それでも、あまり体調がよくないのは事実だった。
……くそ、何だって言うんだ。
体が強いほうではない僕にはこの程度の頭痛などよくあることなのだが、いつまで経ってもなかなか慣れない。慣れたくもないが。
時には試験中までこの偏頭痛に悩まされるので、忌々しいことこの上ない。
だってあのときだってこれのせいで―――
「……」
舌打ちする。いやなことを思い出してしまった。
こんな状況だからこそ―――あの、僕の人生の『汚点』を、思い返してしまう。
僕が、高校受験に失敗したあの時のことを。
 
いまだに忘れられない。忘れられるはずもない。
僕にはこの上ないほどに屈辱的なことだったのだ。
まさかA判定が出ていた有名エリート高校に落ちて、兄さん『なんか』と同じ高校に通うことになるなんて―――
全てを体調のせいにするつもりはないが、少なくともあれの半分は体調のせいだった。残り半分は―――ただの運だろう。実力不足などでは断じてない。そもそも兄さんの高校、(今は僕の高校でもあるが)は、本来僕が満足できるレベルではないのだ。
僕はもっと、もっと優秀な実力者なのだ。
だから、気に入らない。
いくら僕が授業料全額免除の特待生でも―――非常に不愉快だ。
僕が、兄さんと『同じ位置』にいるということが。
学校が同じということは、世間的に僕と兄さんは同じレベルにしか思われない。それが僕のプライドをひどく傷つける。
本当は今にでもこの学校をやめて、別の学校に編入したい。兄さんよりレベルの高い僕にふさわしい学校に。
僕を受け入れ、僕を認めてくれ―――僕の才能を限界まで生かしてくれる、そんな場所に。
でも、僕はそれをしない、なぜなら―――
 
「あら」
黙々と下を向いたまま歩き続ける僕に突然かけられた―――声。
その声の主を、僕は知っていた。
そしてそれは、……僕がこの学校を辞めない最たる理由でもある―――
 
鼓動が早まる。息が詰まる。
それでも僕は確信し、ゆっくりと顔をあげた。
そこには、花が、あった。
僕の想像通りの―――あまりに美しすぎる一輪の華が。
 
艶やかな黒髪。
すらりとした、それでいて女性的な肢体。
現代のヴィーナスと呼ぶにふさわしい―――艶めかしく麗しく可憐な容貌。
 
「久しぶりね、在朝君」
僕が思いを寄せる唯一にして最後の女性。
都山留衣先輩が―――そこに立っていた。
 
体が熱を帯び、歩みも止まる。
彼女を直視することもかなわない。
それくらいに、彼女は女神のように美しい。
「お、おはよう……ございます……」
どうして彼女がここにいる?
頭の中は疑問符と、彼女に会えた情欲に似た喜びで埋め尽くされる。
下品な感情では決してない。……純粋な、歓喜だ。
彼女の家は、こことは反対方向だったはず。
どうして―――
 
「おはよう。あのね、在朝君」
 
そこまで考えて、彼女の形のよい桜色の唇が動くのを見て。
(あ、)
僕は、悟った。理解した。
聡明な僕には―――分かってしまった。
理解した瞬間―――自分の中の熱が急速に冷めていく。
冷え切った、氷のような妬ましさと不愉快が僕を満たした。
 
どうして?
そんなの、僕はよく知ってるはずだろう?
彼女の唇が次に、紡ぐ言葉は―――
 
「ば……在野、どこか知ってる?」
 
兄の名前だと、知っていたじゃないか。
わかってはいても―――それでも耐えられない。
彼女が、兄の名前を呼び捨てるなんて。
そしてこうして―――兄に会うためにここにいるだなんて。
認めたくない。我慢できない。信じたくない。理解したくない。
 
どうせ、兄さんが無理やり彼女を呼びだしたのだ。そうに決まっている。
女神のように美しくやさしい彼女は、そんな兄さんを突き放せないだけ。
彼女は兄さんのことを愛してなんか、いない。いない、いないんだ。
そうに決まっているさ。そうだろう?
だって、兄さんみたいな駄目人間が―――留衣さんみたいな素晴らしい人に、愛されるわけないじゃないか。
 
だって彼女は、僕の運命の人なんだ。
一目見た瞬間に僕は感じたんだ、運命を。
彼女はどこか、僕に似ている。
そして、それでも、どこかが徹底的に違う、と。
そう気付いた瞬間に―――僕は恋に落ちていた。
優秀で真面目で心優しい、本物の女神のような彼女は、僕にこそふさわしい。
あんな騒がしい蠅の隣にいるより、僕の方がずっと、ずっと―――
 
彼女を幸せにできるのに。
彼女にとって―――価値ある存在なのに。
 
「……家に、いましたよ」
本当は、兄と彼女を会わせたくなかった。
それでも、彼女に嘘をつくことは僕のプライドが許さなかった。
「そう、ありがとう。何してた?」
相変わらずの柔らかい笑みで僕に問う彼女。
普段ならその笑顔を見ると幸福な気持ちになれるのに、今は―――そんな気分には到底なれそうもない。
「……さあ」
知っていたが、知らないふりをした。
彼女が兄さんのことを知る必要なんてないじゃないか。
だから、それ以上兄さんのことを気にかけないでくれ。
「そう?なんとなく予想はつくけど……あ、ごめんなさい、引き止めて」
そして彼女はもう一度、微笑み。
「じゃ、またね」
慈愛に満ちた優しげな顔のまま、彼女は僕に背を向けた。
 
「……、」
本当は、その背中に訪ねたかった。
今に始まったことではない。兄さんと彼女が知り合いだと知ったその日から―――ずっと聞きたかったことだった。
『兄さんと留衣先輩は、どんな関係なんですか?』
しかしいつもその言葉は、喉まで出かかって止まってしまう。
聞いてしまえばいいのに。
彼女はどうせ兄さんに迷惑しているのだろうから、聞いてみればすっきりするはずなのに。
その一歩が、踏み出せない。
 
『怖いんでしょー、トモ君』
くそ、なんでこんな時にあの女の言葉を思い出すんだ。
忌々しいクラスメイトの顔が頭によぎり、腸が煮えくりかえりそうな気分だ。
『怖いんだよー。……留衣さんに、『トモ君より在野先輩の方が大切だ』って言われるのが、『在野先輩の方が上』って言われるのが、怖いんでしょお?トモ君ってへたれー』
黙れ。ふざけるな。そんなはずない。
そんなことはありえない。あってはいけない!
どう考えても僕の方が兄さんより優秀で、選ばれたエリートで―――勝利者のはずなんだ。
僕より兄さんの方が上だなんて―――そんなこと、考えられない。考え、たくない!
留衣さんに聞けないのは―――兄さんは関係なくて、留衣さんを困らせてしまうかもしれないから、それだけだ。
心優しい留衣さんが兄さんを悪く言えないだけだと分かっているから―――だから、だから。
 
そう、だから。
兄さんがいつだって友人に囲まれて楽しそうなのは、兄さんの周りには兄さんと同じレベルの馬鹿な人間しかいないからだ。
兄さんが彼女と一緒にいるのは、無理やり彼女を連れまわしているからだ。
僕に親しい人間がいないのは、僕が友人と呼ぶに値するだけの価値のある人間に会ったことがいまだかつてないからで。
僕が彼女の隣にいられないのは―――ただ、僕がたった一年生まれるのが遅かったから、それだけなのだ。
 
だから。
これは、違うんだ。
兄さんの方が、僕より『しあわせ』だなんて。
『兄さんが『勝って』いて僕が『負けて』いる』わけじゃ、ないんだ。
そんなこと―――あっちゃ、いけないんだよ。
 
「……」
結局、僕はその背中に声をかけることができなかった。
いまさら彼女を引きとめるのも悪いと思ったからだ。それ以外の理由なんてない。
こんな朝っぱらから家に二人で何をするつもりなんだろう―――そう考えて浮かんだ卑猥な妄想を全身全霊で振り払った。
あの兄に限ってそんなことはありえない。あってはならない。彼女に対する冒涜だ。
 
「……はあ……」
同時に、溜息が洩れる。
彼女の美しさに見惚れたという理由ばかりではないのはよく分かっていた。
やっぱりだ。
兄さんのことを考えると―――何もかもがおかしくなる。
僕の調子も、彼女も、この言葉にならない感情も。
どれもこれも、兄さんが落ちこぼれだからだ。
だからこれは、『嫉妬』なんかじゃない。
『対抗心』でもない。そんな―――子供じみた感情じゃない。
なら何なのか、と言われてもうまく説明できないのだが、それだけはありえない。
エリートで、選ばれた秀才であるはずの僕が兄に対してそんな、『対等の』感情を抱いているなんて、馬鹿なことは。
 
……とにかく、だ。早く学校に行こう。
そうしなければ、早起きした意味がない。頭は痛むが―――ここでとどまっているわけにもいかない。勉強をすれば少しは落ち着くはずだ。
予習を進め、誰よりも優秀な成績を収めること。学生の本分だろう。
それすら分からない兄さんにはほとほと嫌気が刺す。
 
そう、僕は兄さんが―――嫌いだ。
騒がしくて、鬱陶しくて、役立たずのくせに、僕に対しては一人前の兄であろうと見栄を張る、そんなところが。
嫌いで、不快で、悔しくて、腹立たしくて―――大嫌いなのだ。
 
空を見上げた。
再び、軽い眩暈が襲う。やはり日光にやられたらしい。
遠慮もためらいもなくぎらぎらと地面を照り付ける太陽が、少しだけ兄さんと被って見えて―――腹が立って、僕は上を向くのをやめた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あとがき
なんとなく分かったかもしれないですが、いわゆるこの話は複数キャラの一人称で進む話です。
次の視点の人物はまた変わりますが、今回は在野の弟・在朝(と書いてアリトモと読む)がメインです。多分この作品中もっとも『痛さ』を剥き出しにする子ではないかと。嫌われそうですが、むしろ嫌われてこそ本望なキャラですw
こんなんですが一応どシリアスなんだぜ、この連載……

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